小説

『吾輩はブスである』中杉誠志(『吾輩は猫である』)

 吾輩はブスである。彼氏はまだない。
 今年で三十になる。が、彼氏はまだない。
 元来吾輩には、彼氏を作るなどということは、到底考えられぬのである。男は稚拙であり、露骨であり、無情な生き物である。彼らは皆ことごとくブスを嫌い、避け、嘲笑う。吾輩がいくら「彼氏ほしー」と哀願たくましゅうしたところで、また親類の者らから「そろそろ結婚しないのかい」とせっつかれたところで、男の側が吾輩を求めておらぬのだからどうしようもない。
 しかし吾輩は、今年で三十になる。いかに吾輩がブスであっても、三十になって彼氏のいない人生というのは想定しておらなかった。なぜなら、男という生き物には、性欲があると聞く。吾輩にも無論性欲はあるが、男のそれは女のそれよりも露骨であるらしい。男はみな若い女が好きだとも聞く。露骨な性欲を持つ男がこの世を我が物顔で闊歩しているならば、吾輩が、いわゆる『喰われる』ということもないではないのではないか、と考えていたのである。愚の至りだ。いくら若い女が好きとはいえ、それは女として見られ得る女の話で、吾輩のようなブスは、誰も女として認識せぬのであろう。その結果が、これである。吾輩は絶望した。死のうと考えた。かといって、処女のまま死ぬのは嫌だ。もういっそ相手は誰でもよいから、男を知ってから死にたい。
 そう思い立った吾輩は、スマホをいじくり回し、出会い系サイトに登録した。年齢は無論、二十代前半と鯖を読んだ。実際、「肌きれいだねー」と褒められることはあるから、アラサーには見えまい。ちなみにこの「肌きれいだねー」が他に褒める部分のないブスを無理矢理褒めるときの定型句だということは後に知った。
 ともあれ、女であり、二十代前半であるというだけで、気味の悪いほどメッセージが届いた。さすがに男だけに、露骨に性的な語句を用いている者がある。それをひたすら隠して、健全さを装っている者もあるが、馬鹿馬鹿しい、健全な交際を求める者が出会い系など利用するわけがあるまい。
 ひとまず、数あるメッセージの中から、信用できそうな美文を送ってきた相手と、いくらか精一杯キャピキャピしたやり取りをし、
「ああ……男にチヤホヤされるっていいなぁ……」
 と思わず口語で渾身のつぶやきを漏らすなどした結果、メッセージのやり取りをする相手の中でももっとも熱心に誘ってきた『くさめ』なる男と、実際に会ってみることにした。
 待ち合わせは、ある日の夜である。なぜ夜を選んだかといえば、それは夜の闇が吾輩の醜い顔を隠してくれることを期待したからである。場所は、歓楽街からそう離れていない広場。歓楽街にはラブホテルがひしめく路地があるということも、縁もないくせに吾輩は知っていた。

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