小説

『Frozen Time ~押し絵と旅する男と旅する女~』アカツキサトシ(『押し絵と旅する男』江戸川乱歩)

 フィヨルドを走る列車は、面妖な巡り合わせか、それともこの辺りを走る列車はいつもそうなのか、乗客は僕しかいなかった。
 春、日本を旅立った僕は、夏、灼熱の中央アジアを抜け、秋、美しい東欧を旅し、冬、極寒の北欧最果てへと辿り着いた。そこで念願だったオーロラを見るという目的を達成し、スカンジナビア半島を南へ抜け、西欧を目指す旅の途中、僕は奇妙な体験をする。
 奥深い冬の闇に包まれた、北欧の片田舎。
 窓外の月と星は、見たこともない美しさで浮かんでいた。それは列車内の静謐さと相まって、夜空というよりも宇宙のようだった。その静かなる宇宙を走り抜ける列車の中、僕は生まれて初めて見たオーロラの美しさに心を囚われたまま、まるで夢の中を旅しているようだった。
 単調なリズムを刻む列車の機械音が、徐々に大きくなっていく。
 ぼやけていた視界が、次第にはっきりするにつれ、眠っていたことに気づく。どれくらいの時が流れたかわからない。隣に置いたバックパックが、まだそこにあることを確認し、車内を見渡した。
 斜向かいの四人がけのボックス席の窓側の座席に、黒いワンピースを着た女性が座っていた。どこかの駅で乗ってきたのか、他の車両から移ってきたのか、まだ半分夢の中にある頭でぼんやりと考えながら眺めていると、女性は茶色いトランクから臙脂の袋を取り出した。その袋から写真立てを取り出すと、写真が入っている面を窓の外に向けて立てた。
 日本人だろうか?
 真冬の北欧で?列車の一車両に、たったふたりだけの乗客が日本人?そんな偶然があるのか?などという考えは、不思議と浮かばなかった。ただ、女性が“誰に”窓の外の宇宙を見せているのだろう?という事が気になった。
 そう、誰に?
 気がつけば僕は席を立ち、引き寄せられるように女性の席へと歩いていた。

「これが、見たいのですね」
 女性はまるで、僕が来る事を予測していたかのように僕の顔を一瞥し、写真立てを手に取った。
「あ、はい」
 僕は僕の意思とは関係なく、ただ頷いた。そして、彼女に促されるまま、窓際の、彼女の向かい側に座り、差し出された写真立てを受け取った。手渡された写真立ては、サイズのわりにずっしりと重かった。
「あれ?」
 くすんだ金色の写真立てに収まっている写真は、僕の予想に反して、ポラロイドカメラで撮影されたものだった。
「このカメラで撮影した写真なんですよ」

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