小説

『ツエツペリンNT号の誘因』イワタツヨシ(『かぐや姫』)

 彼女は一体何の話をしているのか、と思った。
「この飛行船は何?」
「空を飛ぶものよ」と、彼女は答えた。「ただ、今は故障している」
 その間、こちらを向いて立っている男は、目の前に突然現れた私たちのことなど気にも留めずに隣にいた女に話しかけている。
 わけが分からず、私はただ怯えていた。
「とにかく」彼女は言った。「そのうちにまた初めの飛行船のところに戻る。そうしたら走ってドアから外へ出るの。分かった?」
 よく分からないが、私は頷いて見せた。

 それからのことを覚えていない。私は山中を流れる小川の淵に倒れていた。朦朧とする意識の中で誰かに体を揺すられていた。目を覚ますと目の前に友だちがいた。電話で誘っていた友だちだ。彼は私の自転車が乗り捨ててあったのを見つけて、心配して探してくれたという。日が傾いていて辺りはすっかり薄暗くなっていた。
 その後、飛行船のところまで戻りたい、と私は彼に言ったが、彼は私が頭を強く打っていると思い、言うことを聞いてくれなかった。


 目を覚ましたとき、一瞬私は混乱した。短い時間に眠りと覚醒を繰り返し、その中で様々な場所に行っていたからだ。そこは神戸のホテルの部屋だった。
 夜になっていた。ホテルは海に面して建ち、二十六階の部屋の一面ガラス張りの窓からは海が望めた。
 頭がすっきりしていた。私は部屋の冷蔵庫からビール瓶を持ってきて、窓際のテーブル席にかけて夜の海の景色を眺めながら飲んだ。
 しばらくして夜の空に不可思議な光景を目にした。
 航空機が飛行していた。じっと見ていると、そのライトの光とは別に、航空機から星のかけらのような光が真下に落ちていった。あっという間に海へ落ちてその光は消えた。

 もう酒に酔ったのかもしれない。外の風に当たりたい気分だった。
 その後、私はホテルを出て夜の海辺の砂浜を一人で歩いた。歩きながらホテルの建物を見て、何十とある部屋の窓から自分の部屋を見つけ、星のかけらのような光がどの辺りに落ちたのかを目測で測った。
 砂浜に座り込み、たばこを吸っていた。それからもう戻ろうとして立ち上がったとき、目の前に何かを見つけた。人だった。浅瀬のところにいる。
 問題なく泳いでいるように見えた。しかし浜辺まで上手く上がって来られなかった。波にふらつき、倒れて波をかぶっていた。それで私は海へ入っていき、その人に肩を貸して浜辺まで引き上げた。

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