小説

『ツエツペリンNT号の誘因』イワタツヨシ(『かぐや姫』)

 どこかへ出かけるときに、こう考えることはないだろうか。「出ていってもどうせまたここに戻ってくるのに、なぜ出ていくのか」
 私はよくある。出かける前に、ふと思い出したようにそんなことを思う。ただそう思う、という話だ。しかし、出かけてまた同じところへ戻ってくることに違和感を覚えて下手に自分を納得させようと色々と考え出すと、収拾がつかなくなるときもある。
 もしかしたら私は今、出不精とか引きこもりの話をしているのかもしれない。あるいはそうでも、私はべつに人に何かを助言してもらいたいわけではないし、こんなことを言うと人は奇妙な眼差しを向けるかもしれないが、そもそも私自身に問題があるとも思っていないのだ。
 いっそのこと、もう二度とここに戻らないと決まっていたらそんなことを思い悩まずに気持ちよくドアを開けて出ていけるのに、と思う。朝、部屋のドアを開けて、夜は別のドアを開ける。次の日の朝にそのドアを開け、その夜にまた別のドアを開ける。そういう生活を想像したことがある。常に新たな場所へと動き続ける世界だ。
 そこではきっとたくさんの出会いがあるだろう。もっともそれは、同じ場所に戻ることもなく、大抵、別れたらそれきりになってしまう出会いだろうが。少なくとも今の私には、そういう生き方の方が合っていると思うのだ。


 飛行船を見るのはずいぶん久しぶりだった。
 その朝、私は友人の結婚式に出席するのに神戸へ向かう特急列車に乗っていた。そのとき列車は熱海を過ぎて富士の裾野を走っていた。
 私は本を読みながら、ときどき車窓から山側の景色に目をやっていた。秋晴れで空には雲一つなく、富士山にはまだ雪がかかっていなかった。飛行船に気付いたのは富士川の手前辺りで、それから列車が富士川を渡ってトンネルに入るまでそれを見ていた。ずっと遠くに小さく見えて、いったん目を離せば見失ってしまいそうだった。
 トンネルを抜けると、それはもう見えなくなっていた。

 結婚式の会場は豪華なホテルだった。
 結婚式を終えてから二次会まで時間が空いていた。新郎側の友人として呼ばれていた人たちは、それからホテルのロビーで寄りあっていたが、その中に私の顔見知りは一人もいなく、皆、私とは歳が一回りほど離れていた。私はその場を通り過ぎ、受付で部屋の鍵を受け取った。その日は土曜日で、新郎新婦は遠方からの出席者に配慮してあらかじめ私にもそのホテルの部屋を取ってくれていた。

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