小説

『文六と夢地蔵』甘利わたる(『みそ買い橋』)

 するとじゃ。夢の中に 小さな小僧さんが出てきてな。可愛らしい声で こう言うたそうな。
「文六さん、文六さん。ひとついい事を教えてあげるよ。でもね、おいらのいう事を最後まで信じなければいけないよ・・・・・・」
 そこで ふっと小僧さんは かき消えて 文六は眠りから覚めてしもうた。
 しばらく ぼんやりとしていた文六じゃったが ただの夢かと思い また仕事をはじめたんじゃ。
 次の日。
 文六は また地蔵様を磨いてから畑に出て 昼時になれば同じように カシワの木の下でひと休みをした。
 するとまた 昨日の小僧さんが 同じ姿で夢に出てきたんじゃと。
「文六さん、文六さん。昨日の話の続きだよ。あなたはこれから旅支度をして東へ四十里、江戸の町へ向かいなさい。そこにね、日本橋という大きな橋が架かっているんだけど・・・・・・」
 と ここでまた 小僧さんは ふっと消え 文六は夢から覚めてしもうた。
「また昨日の小僧だなも。不思議な事があるもんだ」
 二日 同じ小僧さんの夢を見た文六は ちょっとばかり気にはなったが まずは仕事の方が大事と思い そのあとも 日が暮れるまで 畑仕事に精を出したんじゃ。
 さて三日目じゃ。
 今朝は 昨日とれたばかりの とうきびを地蔵様にお供えしてから お顔を磨き 畑に出て仕事をしていると いつになく疲れがどっとやってきた。
 文六は木の下へ行って横になると たちまち深い眠りがやってきたそうな。
「文六さん、さぁ最後の話だよ。その日本橋の上で四日間、とうきびを売って立つんだ。いいかい、四日間立つんだよ。きっといい事があるはずさ」
 そう言い残して 小僧さんはにっこりと笑い 手を合わせて 夢の中から消えていったそうな。
 その日の眠りは とても深くて 文六が気付いた時には もう夕暮れ。カラスがカァカァと お寺の裏山へ帰っていくのが見えた。
「ありゃ! 寝過ごしてしもうた。それにしても・・・・・・」
 さすがに文六も 三日間 同じ小僧さんが夢に出てきたもんじゃから こりゃ何かあるわいなと思い 言われたとおり さっそく旅支度をととのえて 翌朝早く 背負いかごに とうきびを たんと入れて 江戸へと旅に出たんじゃ。
「こ、こりゃあ、えらい人通りじゃなぁ!」

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