小説

『主婦とスキャンティ』緋川小夏(『シンデレラ』)

 雅子は両手に持っていたペンライトを前後左右、力の限り振った。四十肩で腕を自分の顔の高さまで上げることはできなかったけれど、とにかくジュンを応援したかった。曲が進むにつれて観客は奇声を上げて踊り狂い、その盛り上がりはホールだけに収まらずホテル全体を揺るがすほどだった。
 そしてショーの熱気が最高潮に達すると、ジュンが舞台の上から思いがけない言葉を発した。
「それじゃあここで、お待ちかねのビンゴターーーイム!」
「え? ビンゴタイム?」
 せっかく盛り上がっていたのに。雅子は振り上げたペンライトを所在無げに下ろし、あたりを見回した。すると隣にいた玲子が「このビンゴ大会がショーの最大の目玉なのよ。いいものが当たるといいわね」と、呆気にとられる雅子に耳打ちした。
 すかさずスタッフが客席をまわり、一人につき一枚ずつビンゴのカードを手渡した。
「みなさーん、ビンゴカードは行き渡りましたかーっ?」
「はぁーい」
「持ってまぁーす」
「オッケー! それではビンゴタイム、スタートォ!」
 いつの間にか舞台の上には数字の書かれた大きなボードが置かれていた。そしてジュンが箱の中からゴムボールを取り出して、ボールに書かれた番号を読み上げる。同時に客席のあちこちから歓喜の声が上がった。
「リーチ!」
 なんと、一番にリーチがかかったのは玲子だった。
「もうリーチ? 玲子さんスゴイ」
「フフフ。でも勝負は、これからよ」
 番号が読み進められるにつれて、観客の緊張も徐々に高まってゆく。玲子のカードがリーチ状態で足止めされているうちに、あちこちから「リーチ!」「ダブルリーチ!」の声が上がった。
「それでは次の数字は……49番!」
「ビンゴーーーーー!!!」
 最初にビンゴになったのは玲子でも雅子でもなく、ツアー客の中で一番化粧の濃いマダムだった。厚化粧マダムはジュンに呼ばれて舞台へと上がる。肩を抱かれながら祝いの言葉を掛けられて、すっかり舞い上がっているようだった。
「きぃーっ! 悔しいっ!」
 隣で玲子が地団駄を踏んでいる。厚化粧マダムは賞品としてジュンのサイン入り最新CDと、何故かホットプレートをもらっていた。

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