小説

『再会』中杉誠志

 貧しい家庭に生まれ育った、チビでハゲでデブでブサイクなデー氏は、人一倍の苦労をした末に、運よく金持ちになった。
 そうして現在は、昔まったくモテなかったぶん、金に任せていろんな女をとっかえひっかえして毎日派手な暮らしをしている。そんな華やかで生々しい性生活には満足していたが、反面、心はどこか寂しい。
 早朝。都会の街並みを見下ろす高層ビルの最上階の一室。キングサイズの高級ベッドの上でデー氏が目覚めると、隣に若く美しい女が眠っていた。商売女ではない。デー氏の講演会に来ていたのが縁で愛人となった女子大生である。素人離れした容姿をしているが、ベッドの上では所詮素人で、遊び慣れたデー氏は、もうこの女には飽きている。
「おい、起きろ。いつまで寝そべっているつもりだ」
「あら、おはよ」
「おはよ、じゃない。金をやるから、さっさと帰れ」
「またそんなこといって。お金なんていらないのよ。あたし、社長さんといるだけで幸せなんだから」
「うるさい。つまらん世辞をいうな」
 デー氏はベッドをおりると、床に脱ぎ捨てたスーツのポケットからブランド物の財布をとりだし、万札を十枚引き抜いて女に差し出した。それを受けとると、女はやっと体を起こし、服を着て、別れ際にデー氏の唇にキスをしてから、軽い足どりで部屋を出ていった。マッチ棒のように細いその背中を見送って、デー氏は鼻を鳴らす。
「フン。口先でなんといおうと、所詮、金でどうにでもなる女だ。あんなものは、娼婦と変わらん」
 一晩十万円。一ヶ月まるまる相手をさせても三百万円。三百万円といえば、デー氏が子供のころ、五人の家族が一年暮らしていけるほどの大金だった。が、いまのデー氏には、はした金でしかない。
 若く美しい女と寝るのは、たしかに楽しい。ほとんどの男がプライドを捨てて土下座をしても指一本触れられないような美女を、紙くず同然の札束をちらつかせるだけで思いのままにできるというのは、じつに快い。優越感。しかし、それはデー氏の求める満足感とは、どこか種類が違った。
 金がない時代のデー氏は、まったくモテなかったが、それでもたったひとりだけ、恋人がいたことがあった。もう二十年前になる。相手は、共通の友人を通して知り合った、地味な女だった。とはいえ、チビでハゲでデブでブサイクなデー氏には、相対的に高嶺の花といってよい。デー氏は長期間に渡って熱烈なアプローチをし、プライドを捨てて土下座までして、なんとか恋人になってもらった。その女との最初の一夜は、幸福の一語に尽きた。
 ところがその後、つまらないことが原因で喧嘩別れをしてしまった。ちょうどその頃から、デー氏の仕事はうまく回るようになり、金も入り始めた。金があればチビでハゲでデブでもモテる。周りに派手な女が往来するようになったせいで、デー氏は昔の恋人とよりを戻そうなどと考えたことはなかった。

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