小説

『イート・インラプソディー』もりまりこ

<無印良品>の下の階にあるフラワーショップには、若い主婦や微かに涼しい匂いがしてくるような、おば様らしき人達が花を選んでるのが見えた。
 入る度に、クーラーの効いている中で冷蔵庫を開けた時の冷気を感じる時みたいに、ひんやりとした空気が漂っている。
 そこにはカイと2度だけ訪れたことがあった。
 店のエントランスは外と同じなので平気なのだけれど、自動ドアを開けると、一気に冷蔵庫の中にいる気分になって、しぜんと腕のあたりを摩ってしまう。
 それを見ていたカイが寒いん? と言ってあたしが頷くと花選んでる間、あっちに行っときぃと、<無印良品>のフロアを指さす。
 そんなに欲しくもないカーディガンやストールやカラータイツなどがいつの間にかいくつかワードローブを飾っているのは、それもこれもみなカイのフラワーショッピングのついでの副産物だった。

 マッサン? ゲアナですかっていうカイの声。
 少し店の邪魔になりそうなぐらいの音量でやりとりしながら、無条件に楽しそうなカイ。
「なに? その観葉植物」
「これ、幸福の木」
「なんで、幸福の木?」
「名前が気に入った。それだけ。マッサンゲアナだって」
 いつだったかカイが呟いたことがあった名前だった。
「ヘンな名前だけど。苦しくなったときのおまじないみたいなね」
って言いながらにこにこしている。
 でも、残念なおしらせがあった。
 それは配達されないらしい。
 今日、歩きなのにぃ店としてどうなの。融通きかなくねぇって言いながらも半ばうれしそうだった。
 カイがどうして観葉植物が好きなのか知らない。たぶんジャン・レノが少し頭のねじのゆるんだ殺し屋を演じていた映画のせいかもしれない。相棒のようにいつもくっついてい歩いている小さな女の子の脇にはポトスだったかなにかの小ぶりの観葉植物が抱えられていた。そしていつも誰かから追われていて、住む場所を転々としていた。
 家族を皆殺しにされて、ひとり生き残ったちいさな女の子とふたりで暮らしながら女の子の復讐に燃える気持ちに無垢に答えてゆくレオンのことがカイは好きでたまらないらしい。 .

 2階の<無印良品>で、ハンガーに吊るされていたのは、真っ赤なケープコートだった。あまりにも酷似していて、これはデジャヴュなのかと人生を振り返りそうになった。

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