小説

『Twenty Lives in a Bus』室市雅則

 そして、次のバス停でダイスケ君の至福のひと時が終わる。
 ダイスケ君の学校の生徒や部活の仲間が十人まとめてどんと乗って来る。ダイスケ君の隣に立つのは、部活仲間のヨシマサ君。彼以外が優先席以外の席に各々で座る。
 彼らは同じ制服を着ているが、みんな顔が違うし、よく話す子がいれば、じっと黙っている子もいる。
 『最近の若い子は』なんて苦言を耳にすることもあるが、彼らはとても快活で、『おはようございます』、『ありがとうございました』と言ってくれるから気持ちが良い。
 でも、それとこれは別で、ヨシマサ君や野球部の仲間にダイスケ君の恋心を知られたら冷やかされてしまうのか、それを隠すようにここからはリエちゃんの方をちらりとも見ない。それがむしろわざとらしいのが可愛らしい。
 リエちゃんも分かっているから、ワカメちゃんの方をわざとらしく向き続ける。首を痛めてしまうんじゃないかと心配になるくらいの向き方だ。
 この距離感に孫を持つ年齢となった勝俣も甘酸っぱさを感じる。
 自分がダイスケ君と同じ頃に好きだった女の子は、すっかりおばさん、おばあちゃんになっているだろう。もしどこかで出会っても分からないだろう。でも、全然変わっていなくて、今でも可愛くて、偶然、自分の運転するバスに乗ってくれて、『勝俣君?』なんて言われないかなと未だに思っている。何が始まるわけではないけれどと思うと同時に妻の呆れ顔をよぎる。

 これでバスに乗っているのは勝俣も含めて十九名。ここにあと一人、農協に勤めるケイコさんを乗せて二十人が揃えば、いつものメンバーが大集合。
 ケイコさんは三十半ばくらい。昔から芸能人になるんじゃないかと噂されていたほどの美人だ。そして、本当に東京に行って芸能人になった。でも、勝俣もテレビで大勢の中の一人として見たことがある程度で、それ以上の花は咲かなくて、いつの間にかこっちに帰ってきて、農協に勤め始め、数年前に結婚をしたらしい。
 結婚をしたってその美しさは抜群で、ケイコさんが乗車をすると、男子高校生は緊張するし、ワカメちゃんも息を飲む。ダイスケ君も緊張した様子を見せるから、その瞬間をリエちゃんは見逃していない。
 けれど、最近、ケイコさんを見かけていないから、今日はこの十九人が全員になるかもしれない。

 ケイコさんのバス停に近づいてきた。期待半分で見やると日傘を差したケイコさんがこちらを見ており(バスを待っているのだから当たり前)、目があった気がして嬉しかった。
 ケイコさんが乗ってくると例の空気がバスに流れた。ケイコさんはそんなことは気にせずに、そのまま乗った正面の『ショルダー』の横に立つのが定位置だった。
 しかし、今日は違っていた。

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