小説

『Twenty Lives in a Bus』室市雅則

 始発バスが動き出す。
 運転手の勝俣は始発運行が好きだった。
 まず道が空いているのが良い。次に、勝俣の始業前の儀式――バスに乗り込む前の深呼吸――を行っても空気が澄んでいて、海からの塩気が混じったような空気が気持ち良い。
 さらに今日はいつもよりも爽快な気がした。何故かというと、昨日から五歳の孫が遊びに来ているからだ。『おじいちゃんのバスに乗りに来た』と言ってくれたのが嬉しかった。さすがに勝俣が家を出る時間はまだ寝ており、その顔を見てから家を出て来た。だから、いつもより力がみなぎっている。
 今日の運行ルートも好きな道のりであった。
 車庫を出て、商店街、住宅地を抜け、畑の間を通って、また住宅地を通って、駅に着く。道は広いし、ほぼ一直線であるから気持ちは楽であった。でも、油断大敵と薄くなった頭の上の帽子を被り直して、エンジンを回し、停留所にバスを横付けた。

 車庫兼バス停からの始発の乗客はいつも一人。
 そろそろ出発時間だなと勝俣が腕時計を確認するくらいにアスファルトを駆けるローファーの足音が聞こえて、その主がバスに飛び乗ってくる。
 高校生のリエちゃん。今日もいつもの音を響かせ、飛び乗ると「おはようございます」と元気に言って、勝俣のすぐ後ろの席に座った。
 勝俣も挨拶を返し、ほんの少しだけ会話をする。これまでの断片的な会話が集まって分かったことは、高校まで二時間近くかけて通学していること。音楽高校で、クラリネットを専攻していることの二つ。リエちゃんは、好きな勉強ができから長距離の通学も苦にならないと笑っていた。孫もこんな風に屈託無く笑う子に育ってくれればなと思っていた。
 今日の会話は、コンクールが近いから緊張するという内容だった。
 出発時間になったので、会話を切り上げて勝俣はバスを出発させた。

 勝俣は週に二度ほど、このルートの始発を運転するのだが、いつも同じ顔ぶれが乗ってくる。 
 出庫をして、一キロも走らないうちに次のバス停に到着する。
 そこにはいつも三人のサラリーマンが待っている。
 全員スーツを着ているのだけれど、外見と荷物が三者三様だ。
 まず一人は、かなりマッチョな体型で『手ぶら』。二人目は背が低くて『セカンドバック』。三人目は背が高く、ヒョロヒョロで、荷物がギチギチに詰まった『ショルダー』を肩に食い込ませている。

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