小説

『埋葬猫』山田密(『累が淵、鍋島の化け猫』)

「ハアハア、やっと出て来られた」
「あいつ、家が燃えちまったのを覚えてないのか。だから畑に埋められた十数体もの女性たちの遺体が発見されて逮捕されたって云うのに」
「ええ、何人かは記憶にすら無いみたいでした。ただ最後に話した事は事実なのかもしれません。家の中には確かに焼死体が一体と首の無い小動物の焼死体だけでした。警部、気が付きましたか? まるで猫がずっといるみたいに頭を撫でていた。鍋島が猫が引っ掻いたって、擦った手の甲から血が滲んでましたよね」
「あいつが自分で引っ掻いたんだよ」
「でも、時々、猫の鳴き声が微かですけど聞こえてましたよね。訊いたでしょ? 警部も」
「…ふん」
「猫が足元をすり抜ける感覚もしました。病室が段々鍋島の家のように見えて来て…。鍋島が指すと、病室の仕切りの白いカーテンの隙間に奥の部屋の襖が見えたような。あの焼け残った部屋中血が染み込んでいた奥の部屋が。あのベッドだけの何も無い病室なのに、時々土間のベンチに座っているような感覚がした」
「ば、ばかな事を云うな! 錯覚だよ!」
「本当に、女たちを殺したのは鍋島なんでしょうか。あいつの話を訊いていると主体性が無いと云うか、少なくとも自分から積極的に何かをするタイプには見えませんでしたけど」
「あの男は基本的に女にはさほど興味がないんだよ。モテることを良い事に女を引っ掛けては家に連れて来て、身の回りの世話をしてくれる女ならだれでも良かっただけだろ」
「だったら殺す必要がないはずなのに。妻の類は死んでいるんですから誰に憚ることもないのにどうして」
「痴情の縺れってやつだろ。確かに最初の妻の類は愛人の証言からも自殺に間違いない。昔の事だが間違いないだろう。でも、鍋島じゃなきゃ誰が殺して畑にあんなにもの遺体を埋めたって云うんだよ。お前、まさか猫が殺したとでも云う積もりか?」
「確かに、埋めたのは鍋島かもしれませんけど…、だけど二番目の妻だけどうして殺し方が違ったんでしょう?」
「あれは事故だ。昔の調書にもそう書いてある」
「そうでしょうか。二番目の妻だけは鍋島の心を動かした。他の女達は勝手にいなくなったことになっていますけど、鍋島が愛したと思われる妻だけは、公然と死んだことにした。鍋島も死んだと認識しています。死を認識させるために事故にしたと云うことは考えられませんか。でも本人は愛したと云うわりに話ながら何の感慨も感じていないようでしたけどね」
「そんな小細工も猫がやったって云うのか? 馬鹿馬鹿しい。だいたいあいつはもはや正気じゃないんだぞ。あいつの話が真実かも判らないんだ。もしかしたら罪を逃れるために芝居を打っているのかも知れない。心神喪失なんて弁護士の常套手段だ。全く、勝てないとなると直ぐに心神喪失だ」
「ええ、もしかしたら鍋島が殺したのかもしれません。でも、もしそうでもやらせたのはあの猫…、火事の時、一人家から逃げ出した鍋島が、駆けつけた近所の人間にこれで終った、やっと終ると何度も云っていたのは、スケや類から解放されたと云うことじゃないでしょうか」

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