小説

『埋葬猫』山田密(『累が淵、鍋島の化け猫』)

 可笑しなことになったもんだと思いながらも、特に問題も無かったのでそのまま三人で暮す形になったんですが、そしたらある晩女と奥の部屋でテレビを観ていると類が突然包丁を持って女の前に仁王立ちしましてね。そこの奥の部屋が僕と女が使っていたもんですから、ええ、さすがにここの居間ではちょっとね。初めはただ、女をジッと睨み付けてました類のあんなに怖い顔を初めて見て、僕も怒っていたんだと判りました。
 咄嗟に僕が刺されるかもしれないと思いました。
「大丈夫だから」そう僕に向かって云うと類はいきなり自分の首を包丁で切ったんです。それはもう凄かったですね。血が女の顔に飛び散って奥の座敷は血の海でした。スケもいましたよ。倒れて血が流れている類の首をペロペロ舐めていました。
 知りませんよ。妻たちは皆病気か事故、一緒に暮らした女は勝手に出て行きました。僕は女運が無いんですかねえ。それともスケが気に入らなかったのかな。ハハ。
 他にももっとここに女がいただろうって? そうですか? さあどうだったかなあ。うーん、あまり思い出せませんけど、いたかもしれませんね。
 最後にここにいた女ですか? ああアレはとても気の強い女で僕の好みでは無かったのに、強引だったもので仕方なく家に入れてしまったんですが、まあそれでもそれなりに上手く暮していたんです。その女も暫くするとスケを邪険にし始めたかと思うと、あろうことか餌さに毒を盛ったり首に縄を付けて柱に括りつけたり、それはヒドイ仕打ちを始めたものですから、僕もその度に止めるよう云ったんですがね。
「この猫は呪われているよ。早く殺さないと私が殺される。この猫は今まで何人も人を殺しているでしょ血の臭いがする化け猫なのよ」なんて云うから、じゃあこの家を出て行けばいいと云ったんですよ。そうそうスケには類の魂が取り憑いているとも云ってましたっけ。
「もう遅い。あんたに関わった時点で私はこの化け猫から逃げられない。助かるには殺すしかないのよ」そう云いながら、ナタを持ち出してスケを捕まえると…、ああ、そうだ…、女がスケを捕まえて、それから、ナタで…、スケの首を切り落とした…。ああ、まさか、そんな…。スケは死んだんだ。いや、違う違う。そうじゃない。スケは首を切られたんじゃない。女が自分の首を切ったんだ。スケがそうさせた。はず…その前も、その前も、皆そうだった。
 えっ? 火事? いいえ、えっと、そうだ女が家の中に灯油を撒いて、それから、えーっとライターで火を付けたら服に火が燃え移ったんだ。それでその火がカーテンに移り、それからえーっと、そうだスケが薬缶をひっくり返して火を消したんだ。そうだよ。そうだった。それで大騒ぎした女は出て行ったんだ。首を切ったと云っても大した傷じゃなかったんですよ。まったくヒドイ事をする女だったな。
 なあ、類。えっ何を云ってるんですか。類はホラあなたの横にさっきから立って、一緒に話を訊いていたじゃないですか。いやだなあ類は死んでなんていませんよ。大丈夫って云ったんだから、だからちゃんと戻って来たんです。
 えっ、もうお帰りですか。なんだお茶を飲んでないじゃないですか。せっかく類が入れてくれたのに、ハハ何慌ててるんですか。ちょっと…、変な人達だなあ。なあスケ、ああ、類お客さんも帰ったし腹が減ったから飯にしてくれないか。

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