小説

『ラプンツェルとハゲ王子』矢鳴蘭々海(『ラプンツェル』)

 それでも父親のいない寂しさは、夜眠るとき心の隅から忍び寄ってきた。私が父親の顔をよく覚えていないのは、彼が離婚してからしばらくして新しい家庭を作ったからだ。その事実は日増しに私の心に影を作った。
(お父さんは私を捨てたんじゃなくて、何か理由があって会いに来れないんだ)
そんな想いを正当化したかった私にとって、童話「ラプンツェル」の絵本は、小さい頃からお守り代わりの存在だった。
(ラプンツェルが連れ去られたのは、お父さんが魔女に引き渡すと約束するしかなかったからだ。私のお父さんだって、きっと私に会いに来たいけど来れない事情があるんだ)
 そう思うたび、私はいつかお父さんがこの高い塔のようなマンションに来て、私を連れ出してくれる空想にふけった。
(髪がラプンツェルみたいに長くなったら、迎えに来てくれるかもしれない)
今はもうそんなの信じてないし、期待もしてない。でも、幼い頃から伸ばしてきたこの髪を切ることが出来ないのは、心のどこかで信じているからかもしれない。私を幸せにしてくれる誰かが、このマンションから私を連れ出してくれるのを。

 デートの日が来た。15分前に最寄り駅に着いたので早すぎかと思ったが、向かう先に輝きを放つ頭部が見えたので、先を越されたことが一瞬で分かった。5月の風物詩らしいリクルートスーツ姿の就活生が数人いて、玉西さんも周囲と同じスーツを着ていたが、その頭と眼光の鋭さが明らかに周囲から浮いていた。
「お待たせしてすみません」
「いえ、待ち合わせにはいつも早めに来るのが習慣ですから」
玉西さんは、この間会った時と同じグレーのスーツ姿で軽く会釈をした。顔を上げた彼は、私の顔を見るなり二度見して言った。
「あの、そのメイクはご自身でされたんですか?」
そうだと答えると、彼は大きくため息をついた。
「野田さんの娘さんだから、少しはマシかと思っていたのですが……。まさか手直しが必要なレベルとは」
「手直し!?」
「ここで詳しく説明する時間はありません。適当な場所を探しましょう」
「これでもメイク頑張った方なのに」
「結果の伴わない努力は無駄そのものです。とにかく急いで」
 出会いがしらに失礼なことを言われて帰ろうかと思ったが、専門家が直してくれると言うのでグッとこらえて彼についていった。

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