小説

『最上階の女』芹井日緒(『ラプンツェル』)

 ここは、塔の上。長い髪の毛を垂らして獲物を待つ以外、私にすることはない。獲物は王子さまだ。王子さまは、雨の日にはやって来ない。あーあ。溜め息をつきながら夜は更ける。
 雨は降る。降り止まない隕石のように。宇宙空間に漂い続ける用済みの衛星のように。或いは、砂漠の砂嵐のように。
 丁度良い頃合いで、ショウガ湯が神経の隅々まで行き渡ったようだ。これで眠りにつける、きっと。

 突然、ノックの音が聞こえ、私の眠りを妨げる。せっかく眠れそうだったのに、なんてこと。ドアを開けて入ってきたのは、いつものあの魔女だ。
「葵さん、こんばんは」
「あれえ、今夜は来ないのではなかったです?」
「いえいえ、毎日ちゃんと来ますよ。さあ、お薬飲みましょうね」
「だって、雨が降っていますよ」
「ええ、雨が降っています。でも、お薬はちゃんと飲みましょうね」
 魔女は、私に魔法の薬を飲ませようとする。子供の頃、魔女はこれを飲むとどういった効き目があるかをとくとくと聞かせてくれた。私は馬鹿ではないから、もう知っている。この薬がどういうものかを。夜にしか咲かないルナフラワーと、朝焼けが空を染める一瞬にしか咲かないモーニング草などを摘んで、魔女の大釜で煎じる。そして、そこに獲物である王子がもたらすエキスを振りかけたものなのだ。
 だけど、これ以上、この世に永らえてそんなに良い事が起こるとは思えない。それにこれ以上美しくなって、魔女は私に一体どうしろと言うのだろうか。
「薬なんてもう飲みたくないわ」
 私はいやいやをするように、抵抗する。が、魔女の力は絶大だ。私を蹂躙するように、肩を抑えて顎をこじ開け、薬を口に流し込ませるように滑り込ませた。これでは、お手上げだ。仕方なく私は口の中の、白い粉や、赤いカプセルや、黄色でコーティングされた粒など合わせて10個をぐぐっと飲み込んだ。ああ、これで又魔女の思うツボだ。これらを飲み続けていることで、私の髪の毛はいつまでもしなやかに長いままでいられる。そして、この窓からそれを垂らし、獲物となる王子をこの髪の毛で、塔の上のここまでおびき寄せるのだ。
 魔女の狙いは、私のこの髪の毛で王子をたぶらかし、この塔の上に引きずり上げることだ。めくるめく時間を過ごした後、王子は裸同然でほうほうの体で放り出される。そして、王子様のエキスはこの時、魔女によって絞り出される。魔女のここぞと言う大仕事は、このエキス取り出しと追剥業であった。
「雨なのに、薬なんて飲んでも意味がないわ」

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