小説

『不死鳥』桂夕貴(『文鳥』)

 それから私は、その女性を何度か食事に誘った。他の友人を含め、色々と宴会を開くことはしばしばあったが、私は二人きりがよかった。そして、あるとき私は、彼女に告白した。好きです。
「あ、そう」
 その一言で、私の心を埋め尽くしていた緊張や不安、期待や希望と言ったものは、跡形もなく崩れ落ちた。全身から力が抜けるその感覚を、私は今でも鮮明に思い出すことができる。
 私はフラれた。就職もしないで、不安定な人生を自ら選ぶようなお馬鹿さんとは、付き合えません、と、冷たい口調で彼女は言った。あしらわれた、わけではなかった。その言葉の節々には、僅かながらに温度があった。私は清々しく、叶わぬ恋を受け容れることができた。その際、私はその女性と連絡先を交換した。それも、彼女のささやかな優しさだった。
 卒業してからしばらく経つと、初めて私は、彼女に電話を掛けた。彼女は就職して、成功していた。会社という組織の中にいながら、羽ばたく不死鳥のように、それも静かに、自由であった。結婚もしていた。不思議と私は、それを素直に祝福することができた。おめでとう。
「あ、うん」
 そして、不甲斐ない自分の現状を報告した。
「あ、そう」
 私は、その何ら変わりない冷徹な一言が、とてつもなく嬉しかった。そして通話を終了した。それからは、自分から意識して、彼女との通話は控えた。彼女の方から連絡が来ることもなかった。それでも彼女との思い出は、息絶えることなく、いつまでも胸の奥で、静かに輝き続けることだろう。
 しかし、私はその女性の笑顔を知らない。

 不死鳥は、自ずと籠の中へ帰ってきた。随分と疲労困憊した様子で、帰ってすぐに水を飲ませようとしたが、それすらも拒絶した。そのとき美也子が缶ビールを買ってやって来たので、二人でそれを飲みつつ、私は執筆を再開した。すっかり夜だった。
 「あれ?」
 一時間ほど経って、不意に美也子が言った。虚構の世界から意識を元に戻すまでにしばし時間を要したが、
 「不死鳥、全然動かないよ」
 という美也子の声で我に返った。私は反射的に、部屋の隅の鳥籠に駆け寄った。
 膝を抱きながら、美也子が不死鳥を見つめている。
「まさか、眠っているだけだろう」

1 2 3 4 5