小説

『不死鳥』桂夕貴(『文鳥』)

 その間、不死鳥は小さな黒い羽を上下に動かし、音もなく部屋を飛んだ。そう言えば一度も鳴かなかった。私は思った。こいつは何と鳴くのだろうかと。休憩も兼ねて、私は想像を働かせる。
 やはり、不死鳥であるからフシフシとでも鳴くのだろうか。いや、それでは気味が悪い。不死鳥は自ら身体を焼き尽くすことで生き返ると聞くが、この不死鳥は灰を被ったまま育ってしまい、そのため毛が薄汚く、鳴くことのできない、不死鳥の「出来損ない」なのではないか。そうでもなければ、こいつはただの、大人しいカラスだ。
 謎の多いこの鳥は、日を追うごとにに魅力的に思えてきた。当初の予定にはなかったが、私は不死鳥を小説に登場させることにした。
 「こいつは、何と鳴くのか。何となく、そう思った」

 三月の中頃は、暖かい日が続いた。私は不死鳥を籠に入れ、ベランダに出してやった。執筆が一区切りつくと、私は鳥籠を手に提げて、近所の公園に出掛けた。ベンチに腰掛け、恐る恐るタバコを吸う。夕方で、狭小な敷地の周りには、下校途中の小学生が集団で帰って行くのが見えた。片耳にイヤホンをつけて、同じ音楽を共有し合う、恋仲と思しき高校生もいた。私はそれを羨むでもなく、ただ景色の一つとして、籠の中の不死鳥と共にぼんやりと眺めるのだった。
 すると突然、膝の上に乗せていた籠から、不死鳥が飛び出した。逃げてしまうと思って私はそれを捕らえようと手を伸ばしたが、その右腕は虚しくも空を掴んだ。私の心配をよそに、不死鳥は、その地味な身体で夕焼けの空へと上昇した。逃げ出そうとしているわけではない、不思議と私はそう感じた。夕陽の橙に、不死鳥の小さな影はよく映えた。
 カラスのような不死鳥は、鳶のように、頭上に円周を描いて飛んだ。それは、この世の自由の象徴のようで、純粋無垢な小学生や、青春を謳歌する学生などよりも、私には羨ましく思えた。それは、私の知るちっぽけな世界において、最も鮮やかな眺めであった。
 そうして、思い出される記憶がある。
 それは、ある一人の女性についての記憶である。大学生活も終わりに近づいた頃、私はその女性と出会った。まだ美也子と出会う前の話である。
 彼女は友人との飲み会において知り合った。お互い就職活動の最中にあったため、必然的に会話をすることが多かった。私は、就職しないで作家を目指す、という決意を、最初にその女性に明かした。
「あ、そう」
 彼女は素っ気ない返事をした。それが彼女の口癖であり、特徴でもあった。彼女はいつも、私の不死鳥のような、地味な見た目をしていた。それは私自身とも同じだった。洋服にこだわりはない。従って、無駄に金を使わない。そしてその女性は、あまり化粧をしなかった。明らかに、周囲の人間に比べて華やかさというものに欠けていた。そんな女性に、私は惹かれていったのである。

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