小説

『楽園』西橋京佑(『桃太郎』)

 警察はすぐに来た。そこらへんパトロールしてたみたいで、赤灯まわして飛んできたんだけど、ものすごく妹が嫌がるんだよ。何も知らない人たちに、わかったような顔をされて根ほり葉ほり聞かれるのが嫌だって。そんなこと考えたこともなかったし、状況が状況なんだからアホなこと言うなって少し怒ったんだけど、どうしようもなく拒絶するから警察には頭下げて帰ってもらった。でも心配だから少しだけパトロールを増やしてもらうようにお願いをして、俺も何か見つけたときにはすぐに連絡するって約束をして帰ってもらった。
 そのあとも、妹は布団の中でぶるぶる震えて寝込んでいて、霊か何かが憑りついているんじゃないかって真剣に思ったよ。とにかく、あの日を境にあからさまに妹の様子が変わっちゃって、みるみる内に痩せていったんだ。妹は、そのいわゆるストーカーってやつに何かを言われたらしかったんだけど、やっぱりそれは教えてくれなくて。どうしようもないからとりあえず家にいろよと言っていたんだけど、もう決まってるの、とかよくわかんない事言うんだよな。決まってるってなにが?って聞いても、首を横に振るだけで。もう大丈夫、十分だからありがとうって、いよいよ頭がおかしくなったんだって思ったね。
 そのまんま何日か経って、数日は妹も静かにしてたからもう大丈夫かなって思ってたら、突然出かけてくると言ってきた。散々怖がってたくせに、いまさら外にでるってどういうこと?って感じだろ。でも、今日だから外に出ないといけない、って。よくわかんなくてさ。そういうこと今まで言ってこなかったから、そうしたいならそうすればいいんじゃない、とだけ言って送り出したんだ。
 あの日はえらく変な天気の日だった。7月だから当然のように暑くて、だけどなんとなく寒いんだよ。極め付けには大雨も降るわ雷も鳴るわで、なんだか恐ろしかったな。あの日のこと覚えてる?わけないか。その日、俺は外に出るような用事もなかったし、友達とメールをしながらのんびり本を読んでいた。とてつもなくくだらない本で、当時流行ってたから読んでみたんだけど、言葉が軽すぎてもう全然頭に話が入ってこなくてさ。映画にもなったんじゃないかな、すごくくだらない話なのに映画の主題歌が一番好きな歌手で。ちょっと好きになろうかなって思ったけど、やっぱり全然ダメだった。
 そしたら、突然妹から連絡が来たんだ。探さないでいいよって、それだけが来た。探さないでいいも何も、俺は家で本を読んでいただけだし、どういうこと?って返した。でもやっぱり気になって、メールを送ってから10秒も経たないうちに妹に電話をかけたんだ。コール音はなるけど、途中でブツって切れるばっかりで、多分9回くらいはかけた気がする。けど、妹は全然電話に出なくて、メールも返ってこないし、これはいよいよヤバいかもしれないと思って警察に電話したんだ。普段ならそんな迷子みたいなの探してくれるわけないんだけど、たまたまその前に家に来てもらった人だったから、妹の様子がおかしかったこともわかってくれてて、急いでパトカーで探し回ってくれた。気が付いた時には、雨も雷も止んでいたな。
 それから、妹は案外すぐに見つかった。しかも、家からすぐ近く。どこにいたと思う?道路の上で、横たわっていたんだよ。妹の服とか髪の毛とか、あんまり濡れてなかったから多分しばらくは屋内にいたんだと思う。もうその時のことはあんまり覚えてない。けど、うちのお袋が泣き叫んでいて、親父もめちゃくちゃに泣いていた。あれはきつかったね。

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