小説

『タイムマシン エピローグ2』川路真広(『タイムマシン』)

「それがありうる未来だとしても、そもそも、タイムマシンなどは作れないとルーカス博士は私に言った。象牙や、真鍮や、水晶なんかで組み立てられたちょっとした機械が、時間をくぐり抜けて行くなどということは……」
そのとき、生物学者がまじまじと私の顔を見て「水晶?」とつぶやくのが聞えた。「水晶……タイムマシンの素材に水晶が使われていたのですね。いま、それでふと思い出したことがあるのですが……聞いてもらえますか?」
 私は彼をうながした。
「数年前、小耳にはさんだ話です。われわれ古生物の研究者にとっては、グリーンランドは特別な地域です。というのも、あそこには非常に古い年代の地層が広く露出しているからです。そのグリーンランドの古い堆積岩の地層から、水晶の棒のようなものが取り出された、という話でした。推定では、三〇億年くらい前の地層です。そこはもちろん、古代には海底の底だった地域です」
「水晶の棒?」
「そうです。それはあきらかに自然物そのままの水晶ではなく、加工されたものだったそうです。しかも堆積岩中にほぼ埋もれた状態で、つまり落下物とは思われない状態で見つかったと」
「誰が見つけたのです? ヨハンソン君、それがそのあとどうなったのか知っていますか」
「発見したのは、オランダとフィンランドの極地探検隊です。彼らはおそらくそれをどちらかの国に持ち帰ったはずでしょう。人跡未踏の土地でそんな奇妙な物体が発見されたことは、関係者や学者仲間のあいだで口伝てに広がりはしたものの、公式な調査報告に記載されてはいないと思います」
私は考え込んだ。「で、いまその水晶の棒はオランダかフィンランドのどこかに? どこに保管されているのか、たしかめる術はありますか」
「それはかなり難しいでしょうね。オランダにもフィンランドにも知り合いの学者はいますが、どちらの国もいまは、侵攻したソ連の占領下にある」
 われわれはしばらく黙り込んだ。生物学者は自分のグラスに五杯目のワインを注いだ。少しして彼が発したのは、少し唐突な質問だった。「生物学者にとって、最大の問題は何か、ご存知ですか」
「最大の問題。そうだな……生命の発祥?」
「そのとおりです。生命の起源です。あなたは宗教学者で、宗教家ではないから、神の創造のみわざについてでなく、生物学者としての率直な見解を申し上げても聞いていただけるだろうと思いますが」
「私は民族学の立場から宗教を研究している学者なのだから、フランクに話してもらって構わないよ」と私は言った。
「ご承知のように、生物は細胞か、細胞で構成された組織体です。細胞は主にタンパク質で出来ている。タンパク質はアミノ酸の連鎖で出来ている。生きた細胞は外部から栄養を取り込み、代謝を行う。そして分裂し、自分と同じ細胞を二つ作り出す。そうした機能を持った細胞は、泥の中から自然に発生したりはしません。パスツールが証明したように、生命は生命からしか生じない。すると、最初の生命とはどのようにして始まったのだろうか。これが生物学者を最も悩ませている謎なのです」

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