小説

『人形寺』武原正幸(『人形の墓』)

「あなたは触ってはだめですよ」と、弥生に向かって言うと、尼僧はいつの間に用意したのか、小さな木箱にかなを仕舞い入れた。
「後はお墓に入れるだけですね。弥生さんと奥様のお二人で、この子を送ってあげてください。今、案内させます」

 見習いの少女が二人を連れて行き、部屋には尼僧と私が残った。
「私は行ってはいけないのでしょうか」
「いけません。男のあなたが行っては、人形が嫉妬してしまいます」
「はあ……そういうものですか」
「そういうものです」
 きっぱりと言い切るその言葉に、しばし私は黙りこんだ。
「弥生さんから不幸はなくなりましたが、ただそれだけです。彼女に幸運が訪れたわけではありません。これからの事は、あなた方夫婦にかかっています。そのことを決して忘れないで下さい」
「わかりました」
「ずっと弥生さんを守ってきた人形は、不幸を背負ってお墓に入ります。ですからこれから、彼女を守るものはいなくなる、そのこともお忘れなきようお願いします」
「わかりました……あの人形は一体……」
「加那ですか? 弥生さんとの宿縁でしょうか。人形でなければ、犬か鴉にでも宿っていたのかも知れませんね。前世で心中でもしたのでしょう。今生では決して結ばれぬ定めなのです」
「……」
「他に何か、尋ねたいことはございますか?」
 他の人形の事や、尼僧自身の事について、知りたいことは山ほどあったが、それを聞くのはいささか不躾な気がした。
「不幸は、かなと一緒にずっとお墓の中に封印されるのでしょうか。それとも、時が経てばいずれ消えてしまうのでしょうか」
 尼僧は、その問いにすぐには答えず、じっと私を見つめた。
「人形がお墓に入るという事は、死ぬという事です。加那は死んでその宿縁から解放されます。加那の定めは消えますが、不幸は残ります。封印されも消えもしません。」
「え?」

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