小説

『人形寺』武原正幸(『人形の墓』)

 そう言うと、自分も立ち上がって一緒に外に出た。
 扉を閉めて、こちらに向き直る。
「少し時間がかかるかもしれません。このままお待ちください」
「分かりました」
 弥生は、妻に後ろから抱きしめられて不安そうな表情でいる。
 私は改めて尼僧の横顔を見つめた。一体いくつなのだろう。陶器の様な白い肌と、長い睫毛に彩られた大きな瞳に、つい見とれてしまう。
「まだ、お若いのに……ずいぶんと精進なされたのですね」
 その言葉に、尼僧は一瞬目を見開くと、幾分面白がるような表情を見せた。
「まあ……私を一体いくつだと思ってらっしゃるのですか」
「え?」
「人形と長年接していると、幾ばくなりと似てくるのかも知れませんね」
 ふふ、と笑って、
「これ以上は、内緒にしておきましょう」と、悪戯っぽく笑った。
これまでの凛とした雰囲気からは、思いがけないほどの変貌だった。思わずその笑顔を見つめていると、部屋の中から、パタパタという小さな音が聞こえてきた。
「始まったようですね」
 そう言って、尼僧は表情を一変させる。親しみのある優しい笑顔は嘘のように消え、先程までの冷ややかにさえ思える厳しい顔つきになった。
 パタパターーパタン、パタパターーパタン、そんな奇妙な物音がいくつか続いて、急に静かになった。
 尼僧に促されるままに、部屋に入った私たちが目にしたものはーー人形の山だった。先程私たちが座っていた辺りに、数十体の人形が折り重なるように積み上がっていた。その様子は、まるで中の何かを守ろうとしているようにも、或いは、寄ってたかって押さえつけているようにも見えた。
 尼僧が人形たちをかき分けると、一番下に弥生の人形ーーかながいた。その場所はーー私の記憶が正しければーーちょうど弥生が座っていた場所だった。
「これで、不幸は移りました」
 そう言うと、尼僧はかなを抱き上げる。
以前は優しげだった顔の造りが、今は生気のない無表情なものに変わっていた。服も汚れて皺だらけでーー人形はまるで、萎れた花か虫の抜け殻の様な、ひどく哀れなものに感じられた。

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