小説

『人形寺』武原正幸(『人形の墓』)

 娘の名前は弥生といった。
 両親と、兄と姉、それに妹の六人家族だったが、皆病いで死んでしまった。
 弥生は、九歳にして一人ぼっちとなった。
 そこで、遠縁にあたる私たち夫婦に子供がなかったので、養女として引き取ることになったのだった。 
 初めて会った弥生は、赤い着物の市松人形を抱えて、俯いたままこちらを見ようともせずぶるぶる震えていた。年の割には小さくて体つきも細く、とても弱々しく見えた。
 一緒に暮らし始めてからも、なかなか馴染んではくれなかった。妻が優しく話しかけても、いつも俯くばかりで何も答えてくれない。まして私など、もう一月もたつのにほとんど言葉を交わした事もない有様だった。
 そのうちに、私は弥生の奇妙な行動に気が付いた。
 畳に座っていて席を移すときに、とんとんと二、三度畳を叩いてからその場を離れるのだ。いつもそうだった。どうしてそうするのか尋ねてみたが、怯えたように首を振るばかりで、答えてもらえなかった。
 あるとき、弥生が席を立った。いつものように、畳を叩いてから移ったのだが、幾分うわの空だったのだろう。私が、たまたまその後に座ろうとすると、途端に顔色が変わった。自分が叩いたかどうか、確信が持てなかったのだろう。必死に、私に座らせまいとした。体ごとぶつかってきて、こぶしで私を叩いてどかそうとする。目に涙さえ浮かべていた。私は弥生の両手を捕まえて、何とか落ち着かせようとしたが、感情が高ぶったのか、声を上げて泣くばかりだった。
 妻と一緒に、なだめすかして話を聞こうとしたが、無駄に終わった。
 その夜、私たち夫婦はまんじりともせず、一晩中ほとんど眠れなかった。弥生がその幼い心に抱えているものが何なのか、想像もつかなかった。このまま我が子として育てていけるものかどうか、すっかり自信を無くしていた。

 翌朝、弥生が人形を抱えて、私たちに話があるといってきた。自分をこの家から追い出してほしいという事らしい。
「弥生、急にそんなことを言われても、はい、なんて言えるわけがない。どうしてなのか理由を話してくれ」
私の言葉に、弥生は黙って俯く。
妻と私は、どんな話でも驚かないし、力になりたい旨を優しく伝えた。
やがてーー弥生は、躊躇いながらもぽつりぽつりと話し始めた。
家族の死の話だった。感情を抑えた、ひどく平板な口調で弥生は語った。
「はじめは、おかあさんでした。風邪でも引いたのかと、二、三日寝込んでいたら、急にそのまま死んでしまってーーみんなびっくりしました……それから、お葬式の八日後の夜に、今度は姉が急に熱を出して……翌朝には死んでしまいました。立て続けに二人死んだので、近所の人が、お祓いをした方がいいと言ってきたのに、お父さんはしませんでした。お金がなかったのかもしれません……次は兄でした。おとうさんの仕事を手伝いに行って倒れてーー家に帰ってきたときには、もう死んでいました」

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