小説

『銀三匁』石川哲也(『かちかち山』)

 小舟にごろりと横になり、真っ白い天を仰ぐ。波の少ない湖に浮かんでいると、雲の中にいるような気分になる。富を手に入れたら、都から女どもを呼ぼうか、山海の珍味を取り寄せようか、地主のじいさんがうるさいことを言い出したら、ばあさんのもとへ送ってやろうか。新助は、そんな未来を夢想してほくそ笑んだ。
こつんとなにか固いものが舟に当たる音がした。
ぎょっとした新助は、船べりから頭を突きだし、湖面を見つめた。佐吉の女房が入った木の箱がぷかぷか浮き、舟の横腹に当たっていた。
「なんだ、おどかしやがって」
 新助は小舟の上に立ち上がり、佐吉が残していった杖を振るって木箱を打ち壊そうとした。だが、なかなか当たらない。佐吉の杖は、ばしゃりばしゃりと水の音を鳴らすのみで、女房はひらりひらりとかわし続けた。
なにくそ、ちくしょうと悪態をつきながら、新助はどんどん前のめりになる。遂に、ばきりという音とともに木箱が割れた。
 木箱に水が浸みこみ、ぶくぶくと沈み始めるのを見て、新助は笑みを浮かべる。途端、杖が渦に巻き込まれるように湖に吸い込まれ、新助も共に湖に落ちる。唐突な水の冷たさに、美しき般若の笑みは消えた。
 湖面から顔を出し、新助は激しく咳き込んだ。船べりに手をかけ、体を引き上げようとしたが、百もの手に腰から足からつかまれるような感触を覚え、再び水の中に沈んでいった。
 新助は懸命に水をかいたが、抵抗むなしく、体は浮かび上がらなかった。
遥か頭上に水面が遠のく。次第に意識が薄れていく中、新助は視線を下に向ける。佐吉と佐吉の女房と、見覚えのない幼い娘が自分の体にしがみついているのがぼんやり見えた。
「この娘は、佐吉の……」
 新助は、最期まで己の悪行を悔いることはなかったが、幼い娘の虚ろな目に腹の奥底まで見透かされた気がして、それ以上もがくのを止めた。

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