小説

『銀三匁』石川哲也(『かちかち山』)

 実は、新助は佐吉の居場所を知っていた。佐吉は、地主の村から三日ほど歩いたところに住んでいた。山火事の起きた村から少し離れた、湖の畔にある村だ。おばあさんを殺した罪人を探すという名目で、おじいさんの金を好き勝手に使っていた若者だったが、すべての財産が手に入るとなれば話は違ってくる。今までは、佐吉に生きていてもらわなければならなかったが、今度は死んでもらわなければならない。もちろん新助の手にかかって。地主の富を皮算用した若者は、すぐさま村を後にした。
 三日はかかる山道を脱兎の如く一昼夜で駆け抜けた新助は、薪を背負う佐吉の無事な姿を見て安堵した。
「なつかしいのう。こんな山奥までよく来てくれた」
 新助の姿を二年ぶりに目にして、佐吉は嬉しそうに微笑んだ。
「佐吉さんに会いたくて、訪ねてきてしまいました。佐吉さんが可愛がっている、銀三匁の薬を飲ませた娘さんにも会いたいものです」
 心にもない言葉を並べる若者だったが、佐吉が急に暗い表情を見せたので、口を閉じた。
「実はのう、娘は死んでしまった。あの薬は良く効いた。そこまでは良かったんじゃが、去年の暮れに、ひどい風邪をひいて死んでしまった。わしは、ばあさんの命を奪ってまで薬を手に入れたというのに、結局、娘は死んでしまった。悪いことはできないもんじゃ、わしの代わりに、娘が罰を受けたんかのう」
 遠い目をしながら、佐吉が答えた。
「それは……残念なことです」
「ああ、ちくしょう。いや、すまねえ、みっともねえとこ見せちまって」
 佐吉の目から、とめどなく涙がこぼれ続ける。
そんな姿を見て、新助は、すぐに愛しい娘に会わせてやるからなと腹の底でつぶやいた。
「娘さんに念仏のひとつも唱えてあげたいのですが」
「ありがてえ話だ。ただ、墓はちょっと遠くてなあ。この村に来る途中に大きな湖があっただろ。墓は湖の向こう側の、昔住んでいた村にある。舟で行かなくちゃなんねえから、今日はもう無理だ。何もないが、今夜はうちに泊まっていってくれ。墓参りは明日いっしょに行ってくれるか」
 ひとけのないところに連れ出し、刃物でぶすりと刺そうと考えていた新助であったが、佐吉にそう言われてしまっては従うしかなかった。
 佐吉は佐吉なりに若者を喜ばせようとしてくれた。男の女房も、精一杯のもてなしをした。とは言え、もともと都育ちで、近頃は地主の金で放蕩三昧の新助である。貧相な川魚や道端の草を煮込んだとしか思えないような汁に辟易した。それでも、新助は笑みだけは絶やさないように努めた。若者の歯の浮くような追従を真に受けた女房は、次から次へと田舎料理を振る舞った。

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