小説

『ひとひらの恋』和織(『桜の森の満開の下』)

「ああ、そうなの?」そこでやっと、太宇は僕の腕を放してくれた。「じゃあ、なんであえて言わなかったの?」
「あえて言わないことに理由なんかないでしょ」
 教室に着いたので、ドアを開けた。真岡はもうそこにいて、僕が席に着くまでの間に、こちらを見てニコリと笑った。それで女子は彼女をはやし立てたし、男子はニヤニヤしていた。どうやら、もう周知の事実ということらしい。その事実の内容がよくわかっていないのは、多分僕だけなのだろう。
 呆れたという顔で太宇が近づいてきて、耳元でこう言った。
「やっぱ、お前は驚異的に鈍感だ」
「どうしたらいいんだろう」
「とりあえず、「付き合ってる」ということを認識するところから始めようか」
「・・・うん」
「しかし、まさかだな」
 そう言って、太宇は僕と真岡を何度も交互に見た。 

「嫌だった?」
 殺人アーチを歩きながら、手をつないで、真岡が言った。正直、躰がくっつき過ぎで歩きづらい。でも、不思議とそれを嫌だと感じない。「彼女」というのは、すごいなと思った。
「みんなに知られたこと?」
 真岡は頷く。
「別に、っていうか、ごめん。正直今どういう状態なのかもよくわかってなかった」
「だろうと思ってた」
「・・・ごめん」
「もう・・・わかった?」
 上目遣いにこちらを見て、真岡は首を傾げる。僕はもう一度、「彼女」って本当にすごいなと思いながら頷いた。何もできなかったのに、何もしなかったのに、タダでその時間が報われてしまった。本当にタダの運だってことは、肝に銘じておかなくちゃ。

 
 春休みになって、真岡とデートをした。昼間から女の子と二人でカフェに入るなんて、自分には、もっと大人になるまで無理だろうと思っていた。彼女と付き合うようになって、いろいろなことが変わった。それについて行くのが必死、というよりは、あまり現実感がないと言ったほうがいい。きっと真岡は、周りから僕のことを、「あんなののどこがいいんだ?」と、さんざん言われている筈だ。それは僕も知りたいところだけど、訊くことはないと思う。教えてもらったところで、理解できるとは思えないから。

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