小説

『ひとひらの恋』和織(『桜の森の満開の下』)

 桜のアーチの満開の下で、少女は男にキスをした。ふわりと舞い降りる花びらは、月の光を受けて白く輝いていた。男には、まるで少女がそれを纏っているように見えた。少女は美しかった。男は少女に夢中だった。彼女の為なら、もうなんだってしてもいいと、支配に酔ったような感覚を覚えていた。
「私が好き?」
 少女は男に問う。
「好きだよ」
「じゃあ、一つになろう」
 そう言って、少女は男を抱きしめる。
「一つ?」
「そう、なれるよ。なりたい?」
「うん・・・なり、たい・・・」
 それが、男の最後の言葉だった。くらくらした頭とぼやけた視界で、男はいつまでも、自分を見ている少女を見つめ返していた。桜の精のようだ、と男は思った。でも次の瞬間にはもう、男は空っぽになっていた。
「さようなら」
 男の命が散った後、少女は誰にも聞かれることのないお別れを呟いた。

 


 
 その場所はいつからか「殺人アーチ」と呼ばれるようになった。左右に桜の木が連なる、五十メートル程の道だ。春になると咲いた桜でピンクのアーチができるのだけど、その時期によく人が死ぬ。この前は、僕が高校へ入学した年で、亡くなったのは三十代の女性だった。埋立地でもないし、周辺に人体に有害なものなどは特にないのに、どういう訳か、いつからか人が死ぬようになったらしい。死因は皆病死で、突然に心臓発作や脳出血などを起こしてあのアーチの中に倒れている。事件性や病死に対する不審な点はなく(それこそが奇妙だけれど)、だからみんな、「桜の呪い」だと言う。殺人アーチの名前で「死」の名所として有名だから、桜が咲く時期には興味本位な人々が寄ってくるけれど、普段は誰も近寄らない。それだけ、「死」っていう印象を嫌煙する人が多いってことだ。でも桜が人を殺すなんてありえない話で、きっと何か原因があって、それが作用している筈。ただ単に、解明ができていないってだけだ。
 僕は「死」そのものに対して嫌な感覚は持っていない。悲しくて泣いたり、失って寂しかったりしても、心臓が止まること自体は、綺麗だと感じる。心臓が止まると人の体は軽くなるって言うけど、それはきっと「生きている力み」みたいなものが消えるからなんじゃないかって勝手に思ってる。その瞬間は、とても気持ちよさそうだと想像できる。でも残念ながら、死んだ後じゃどんな感覚も味わえない。

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