小説

『マッチは友を照らす』朝宮馨(『マッチ売りの少女』)

 俺は泣いていた。松田も泣いていた。
 俺はきっと最初から気づいていたのだ。今朝、俺を追って檻から出てきた時の松田の顔は、病魔に侵されていた時の兄とそっくりだった。土気色の肌、笑顔を作っていても焦燥感にかられているように見開いた瞳。だから俺は何としても松田ともう一度会わなければならない、と直感したのだ。そして、病気を苦にして早まったのではないか、と松田の子供じみた嘘に簡単に騙されたんだ。そうして、もう二度と会えないかも知れないという不安が俺を檻の中に飛び込ませたのだ。
「俺はお前に同情なんかしない。マッチ売りの少女をかわいそうだとも思わない。俺は彼女の知り合いでもなんでもないからな。だけどこれだけは言える。病気になったのが兄貴じゃなくて、お前だったとしても、俺は絶対に禁煙してた……」
 松田の土気色の頬にかすか赤みがさしたようだった。酒のせいかも知れない。真冬の冷気のせいかもしれない。俺がただ、そう思いたかっただけかも知れない。
 松田は三十年前から変わらないひょうきんな笑顔を見せ、ひとりホテルに向かった。さっきまでいたはずの原始人たちも消えていた。風が吹き抜ける檻の中に、俺一人が残った。

 三か月後、松田からメールが届いた。
『仕事も辞め、タバコもやめ、諦めるのもやめた。だけどお前と友達でいることだけは死ぬまでやめない。暇なら早めに遊びに来い』と、最後に北海道の住所が記されていた。

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