小説

『マッチは友を照らす』朝宮馨(『マッチ売りの少女』)

 JR浜松町駅の近くに動物園の檻のような喫煙所がある。
 数年前にとある理由できっぱりと禁煙できた俺は、通勤途中に檻の中の原始人たちを横目で見ながら腹の中で笑う。
(こいつら、いつまで煙を吐き散らしながら生きていくつもりだ。こんな原始人とは口もききたくないね)
と、一人の原始人が俺に手を振って笑いかけるではないか。
誰だコイツは? 俺は原始人に知り合いなんかいないぞ。
「よう、久しぶりだな、マチダ!」
 いかにも、俺の名前は町田良知。マチダと呼ばれるに値する。だが俺はコイツを知らない。住宅メーカーの営業の俺が着ている濃紺のスーツスタイルとは対照的に、この男は業界っぽい(あくまで俺の主観だが)ツイードのジャケットにベージュのパンツスタイル。薄手のマフラーを小粋に巻いていて、色付きのメガネをごわごわした前髪にかけている。メガネをかけなくてもこの距離で人の顔を見分ける自信があるということは、お飾りなのだろう。まったく喫煙習慣といい伊達メガネといい、この男は無駄だらけだな。
 俺は、人違いだろ、というような顔をして通り過ぎようとした。だがその男はタバコをもみ消して檻から飛び出すと、俺の前に立ちはだかった。
「なんだよ、無視するなよ」
「え? どこかでお会いしましたか? てっきり人違いだと」
 俺は周囲に漂う煙と男のヤニ臭さに顔をしかめながら言った。
「俺だよ俺、松田義元だよ」
 男は二カッと笑った。
「え? 松田? もしかして、セイコか?」
 そうか! この笑った時に横長の八の字にニカッと広がるひょうきんな唇。中学生の時の面影がある。だが、俺がよく知っている他の誰かにも似ているような……。

 マツダヨシモトとマチダヨシトモ。中学一年の時に同じクラスになり、教科ごとに教師が入れ替わるたび、覚えにくい、紛らわしい、と文句を言われたものだ。だったら同じクラスにしなきゃいいのにな、と二人で笑ったものだ。クラスメイトたちは言い間違い、聞き間違いを避けるために、俺には『マッチ』松田には『セイコ』というあだ名をつけた。今思えば、時代を反映したナイスネーミングだった。
 俺たちの通った中学校は新潟で、俺は親父の転勤で高校進学と同時に東京に引っ越した。それきり同窓会にも行ってなかったのに、こんな東京のど真ん中でばったり会うなんて一体なんの偶然だ? 俺は驚きと感動のあまり声を失ったあと、懐かしさがこみあげてきた。

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