小説

『燃ゆ音』海老原熊雄(『かちかち山』)

束の間、身体が自然に動く、不思議と見たこともなかった火縄銃の扱いも淀みなかった。
薬包装填、着火。
かちかちかち。
じりじりと、導火線が燃えゆく音。
ぱあん!
乾いた発泡音が響き渡る。
天を衝く、空砲。
一転、静寂。
狸と、兎が邪気のない眼で月子を見つめていた。
月子も又、ぼうっと獣たちを見つめ返す。
「・・・あんたたち喧嘩したらだめやよ」
混乱の只中で絞り出した言葉は、普段の間の抜けた言動に変わりはなかったが、脳内では不自然なほどの獣たちの変わり様と、なぜか火縄銃を扱えたことに整理がつかずに、ぼんやりと獣たちを眺めるばかりだった。
「にしても銃って大きな音がするんやなあ」
「全く、素っ頓狂な娘さんや」
「え?」
狸が喋れば、
「これはこれは、新し山守さんやな」
兎も喋る。
「なんや?あんたら、喋りよるん?どういうことや?」
狸は、ことさら人間味溢れるように、やれやれと首を振る。
「そいたら、あんた自分がどうして喋りよるかわかるんけ?」
達者に喋り掛けられ、月子も思わず自然と答える。
「そりゃ、わからんねえ」
「そやろが。それと同じことや。なんでか儂とこの兎はしゃべれるんよ」
不思議な獣たちは、十代続くかち山の主だと名乗った。
「わたし、月子いいます。宜しゅう」
深々とお辞儀をする頃には、流暢に言葉を操る獣に疑問を抱くのを諦めたようだった。
「そいで、色々聞きたいんやけ・・」
「まあ待ちなや」
狸が遮る。

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