小説

『ひきこもりハウス 魔法少女編』紅緒子(『注文の多い料理店』)

 もともと僕は美少女な方だった。自発的に家に居ることを選ぶようになってからもスキンケアはマストで生きてきた。中2の時にはサッカー部の男子からラブレターだってもらったことがある。だけどそれが原因でいじめにあってしまった。いつも男子のいる前で体操服に着替えさせられ、動画を撮られてネットで拡散された。私立の女子高に合格すればいじめっこから逃げられたけれど、僕の頭では無理で、いじめてきた奴らと同じ高校に行くしかなくてひきこもりになってしまった。
 かよわ過ぎる僕の支えはずっと、魔法少女ココアだった。ココアはゲスな腐女子が好むカルト的なアニメだ。ギリシャ神話でメデューサが見るものすべてを石像にするように、ココアは裸眼で目にしたものすべてをチョコレートに変えてしまう。だからココアは普段はひきこもっていて、外に出る時は必ずサングラスをして出かける。僕がハンドルネームとして名乗っているコーヒーマウスは猛烈に大食いのねずみだ。コーヒーマウスは大食い過ぎて仲間のねずみに疎まれ、ひとりぼっちで廃墟の屋根裏で泣いていた。けれどココアと運命的に出会い、親友となった。ココアとコーヒーマウスは力を合わせ悪人を狩る。ココアは悪人を始末する時だけはサングラスを外して、美しい瞳を人前で晒し、悪人をチョコにしてコーヒーマウスと共に食べる。いつだってココアはあやめた命は責任をもっておいしく頂く。ココアはチョコを食べながらココアを飲み、口内をベタ甘にして、チョコになってしまった悪人どもを追悼する。

 僕はココアと同じ茶色いセーラー服を着て、せつな甘いココアを飲むのが一番の幸せだった。死ぬ瞬間までココアを飲んでひきこもっているつもりだった。
 ほとほと生まれてこなければよかった。ひきこもっている時は、魔法少女ココアに出会えたから生まれた意味はあったと思えたのに、やっぱり僕には生きる価値はなかった。
 僕の心を見透かしたように成長戦略省から安楽的自死希望書の新着メールが届く。リクエストすれば、死ぬ前に好きな夢を見られると書いてある。

 最後に見る夢はこんな夢がいい。
 どうせ消える運命ならば、ココアに見つめられて甘く死ぬのだ。
 悪の組織との戦闘の最中、ココアは誤って、親友である僕(コーヒーマウス)を裸眼で見てしまう。そしてココアは涙ながらにチョコとなった僕をココアの粉末に変えて飲み干す。そうすることで僕はココアの体内に吸収され、ココアの心の声として生まれ変わる。僕の肉体は滅びても、僕の心はココアの心の中に住み続けることになるのだ。

 こんな素敵な夢を最後に見られるのならばもういいか。僕はついに永訣の朝を迎えて、体をばらばらにされよう。桃色の唇も、茶色い瞳も、守り通した処女膜も、身体機関として社会に役立てられる。だが、病人に臓器移植されるならまだマシだけど、醜男のための愛玩具となるかもしれない。最新鋭のダッチワイフは人工の皮膚で作られていると言うじゃないか。万一、解体された後も僕の意識が残っているとすれば、今よりも生き地獄となる可能性がある。

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