小説

『ひきこもりハウス 魔法少女編』紅緒子(『注文の多い料理店』)

 飛び降りるために上ったマンションの屋上は青空で、運動会を思い起こさせた。学校で上手くやれていた奴らは大人になった今、会社に順応できているのだろうか。大の字になって太陽を浴びる。
「どうせ消える運命ならば、ココアのように甘く溶けるべきでしょう」
 ココアの決め台詞を最初はささやくように声に出し、だんだんと空に向かって大声で叫んでいく。王が消え、昨日は十人もの男と生まれて初めて会話をした。お母さんが死んでから半年、なんてめまぐるしい日々だったのだろう。お母さんが死んだら僕の命もおしまいだとわかっていたのに、随分楽しい夢を見られたものだ。
 そそぐ光のまぶしさ、どどうどうと吹くそよぐ吹く山風、コンクリートのひんやりとした感触、部屋から出て久しぶりに味わう外の世界だった。そろそろ本気でリアルから旅立つため、屋上の柵に近づくと、黒塗りの大型トラックがマンションに横づけされた。配達員の格好をした男たちがダンボールを持って車から降りる。
 黒塗りの車はいっこうに発車しそうにない。当初の予定通り自害する気になれず、とりあえず地上を見張る。 
 日が暮れ出した頃、配達員たちは十個の青いブルーシートでくるまれた長細い荷物をトラックの荷台に運び込んだ。あのブルーシートが死体以外の何に見えるというのか。敵はヤクザか。国家権力か。それとも社会からすでに抹消されているひきこもりを狙う快楽殺人者か。
 謎だらけで、ただ空を見ているしかできなかった。中学の帰り道以来の夕暮れだ。桜の季節だけは学校に通うのも悪くなかった。暮れゆく空に照らされて、どっどっどどうと風に舞い散る花びらに自己投影し、春が来るたびに青春をこじらせていた。
 オレンジに染まった空を見つめながら、流れ星に託す気分で、早急なる地球の滅亡を願う。
 夜風が冷たくなった頃に、ようやくトラックと黒塗りの車が帰って行った。
 ようやく部屋に戻りパソコンを起動してみると、僕宛のメッセージが画面に映し出された。

コーヒーマウス様へ
システムトラブルが発生してしまい、ご不便ご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。今度この様なことがないよう、サービスの向上に努めます。またご自身の部屋にお戻り頂き、これまで通りにこちらでお暮らし頂けますでしょうか。

アドベンチャーゲームのようにタッチパネルで「はい」か「いいえ」を選ぶように要求される。「いいえ」ボタンを押すと、「いいえ」を選んだ理由を明記するように指示が来た。頭の整理がつかないまま、やけくそで疑問をぶつける。

王は実在しないのですか? ひきこもりハウスから住人が消えたようです。あの人たちはどうなったのですか?

 画面に文字を入力するやいなや、返信のメッセージが映し出された。

ご質問を頂きありがとうございます。

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