小説

『ひきこもりハウス 魔法少女編』紅緒子(『注文の多い料理店』)

 王が死んだ。いつかこんな日が来るだろうと覚悟していたつもりだったのに、やっぱり途方に暮れている。王への弔いにパソコンから流した、魔法少女ココアの主題歌だけがリアルだった。

千本桜
夜ニ 紛レ
君ノ声モ 届カナイヨ。

 ボーカロイド初音ミク初期の傑作ソングのリメイクだ。

 お父さんががんで死んだ時は、お母さんがお葬式を開いていたけど、僕は部屋にこもっていた。そしてお母さんが死んだ時に二十年ぶりに外に出た。医者がいうには自殺ではなく、老衰だった。母の誕生日に合わせ、ネットで二千四百円で買った花柄の傘は無駄になった。
 両親がいなくなったとしても真人間になれるわけがない。僕は親の貯金が底をつく日にとりあえず自殺することにして、これまで通りの生活を続けた。ネットのニュースだけが世界と僕を繋ぐツールで、テロや災害に恍惚とし、芸能人の不祥事にほくそえむ。ネットの中で毒を吐き、見知らぬ他人を攻撃する。
 ただしロリータアニメのファンサイトでだけはハンドルネームコーヒーマウスとして真人間になり、新世紀魔法少女ココアの論評に心臓を捧げた。王と運命の出会いを果たしたのが、このココアのファンサイトだった。王はハンドルネームそのものの王様らしい貫禄で、僕の意見に対して惜しみない賛辞を贈ってくれた。すぐに個人的にメールを交わすようになり、まず王からひきこもりであることをカミングアウトしてくれた。王は僕と同じくひきこもり歴二十年だったけれど、王が社会から離脱したのはサラリーマン生活を経てのため、齢は六十五歳。頼りがいのある人生の先輩だった。

〈王〉
 会社なら定年ですよ。
 ひきこもりとしてもよく働きましたから、そろそろ後進に譲りたいと思っていました。
 よかったらコーヒーマウスさんに僕の後を継いでもらいたいです(笑)

〈コーヒーマウス〉
 僕は王のようにコメントできませんよ。今や魔女ココのサイトは王からの論評を楽しみに集まってくる奴らばかりです! 王の意見は的確で、魔女ココの世界を真に理解していない奴らは徹底的につぶす。そこもすばらしくて、僕は魔女ココサイトがあるから生きていけるんです。

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