小説

『頭紐』佐藤邦彦(『頭山』)

 「そーなんだろうな」
 さあ、それからの毎日男は働きに働き時には一日二十時間以上も寝て働き。
 「女房。たまには休ませてはくンねぇか。働きづめで疲れた。今日いちンちだけでも寝ねぇで起きて休ませちゃくンねぇか」
 「何言ってんだい。あんた。あんたがお金を持ってきたのは一回目だけなんだよ。その後は時計や家具に雑貨。全部質屋にでも持って行って現金にしなきゃ駄目なものばっかりじゃないかい。二束三文でしか売れないンだよ。あたしだって紐を引っ張って疲れてんだ。さぁ、文句言ってないで寝た寝た」
 やはり強いのは女房ですな。女房にせかされて男も懸命に寝て頑張るのですが、持ち出す一方ですから毎日物は減るばっかりで、夢の世界にはもう碌な物が残ってません。夢の世界をさまよっても、蓋のない鍋やら、錆びた包丁だの金にならない物しか手に入りません。最初の喜びと期待が大きかっただけに日に日に女房の機嫌も悪くなります。
 そんなある日、男は閃きます。
 「夢の中で寝ればどーなる?」
 背筋がぞくぞくする様な閃きです。
 今までの夢世界を一階と男は名づけ、その夢世界一階でまた眠り、そこでみた夢が夢世界の地下一階で、はたしてそこには男が望んだ様に角を曲がったところに札束が落ちていまして、次の日は現実世界で寝てから夢世界の一階で眠って夢をみて、地下一階の夢世界でまた眠って夢をみて、地下二階の夢世界へと降りていき、そこで札束を手に入れ、さらに次の日は地下三階と、どんどん夢世界を下へ下へと降りていきます。こーなると起きて現実世界に戻ってくるのもひと苦労。まずは地下二階で起きて、今度は地下一階で起きてから一回の夢世界で起きて、最後に現実世界で目を覚まします。とにかく夢世界のワンフロア毎に落ちている札束は一つしかないんで男はどんどん夢世界の地下深くへと潜っていく事になります。
 日めくりの暦が痩せて月日が流れます。
 男が夢世界地下三十八階にいる時の事。現実世界にいた女房が現実世界で寝ている男の横で紐を片手に持ちながらお茶を飲んでいるとき、ぐらぐらと家が揺れます。震度三。たいした地震ではありませんが、片手でお茶を持っていた女房は誤って男の耳へとお茶をこぼしてしまいます。驚いたのは各階の男。突然頭上からお茶が降ってきて顔にかかったから夢世界で起きていた地下三十八階以外の男は皆飛び起きます。ただ、一斉に飛び起きたのではなく、お茶がかかった順番ですから、本来の起きて現実に戻ってくる順番の逆。まずは現実の男が起きて、次に一階の夢世界にいた男が起き、次が地下一階、その次が地下二階と起きていき、最後に地下三十七階の男が起きた瞬間、現実の男も含め、全ての男が消えてしまい、女房が呟きます。
 「血筋なのかしらねぇー。夢の世界へ身を投げてしまって」

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