小説

『頭紐』佐藤邦彦(『頭山』)

 「ちょいとあんた!あんたってば!」
 男を揺り起こします。
 「う~ん。おっ女房。ここは現実の世界だな。どうだ金は釣れたか?」
 「あんた!釣れたよ!お金が釣れたよ!本当吃驚だよ。一体どうなってるんだろうねぇ。夢じゃないかしら。ねぇ頬を抓って。イタタ。あー嬉しい痛いよあんた。現実だよ。イタタもう抓んなくっていいってば」
 男も女房に札束をみせられ吃驚しながらも。
 「なっ。現実だ現実の金だ。夢の世界から現実に持ってきたんだよ。なっ、おいらの言った通りだろ。なっ、夢の世界と現実世界はご近所なんだよ」
 「でもあんた。このお金を現実に持ってきたらもう夢の世界にはお金がないんじゃないのかい?」
 「そんなこたぁねぇだろ。夢何てえのはおいらの思った通りになるんだからよ。よし今からもうひと眠りして、ひと稼ぎしてくるぜ」
 「うん。あんた頑張って寝ておくれ。あんたは起きて働いている時は稼ぎが悪いんだから、一所懸命寝て稼いでおくれ。いっその事生涯寝てても構わないんだよ」
 「馬鹿言うねぇ。あくせく寝て稼いだ金を起きて使わなきゃ意味がねぇだろが。じゃあちょっくら稼ぎに行ってくるぜ。グースカピー」
 「あら。この人ったらもう寝ちゃったよ。働きもんだねぇ。さて、こうしちゃいられない耳から紐を入れないと」
 女房もそそくさと紐を男の耳に入れます。さて、夢世界の男はってぇと。
 はいはい。またきましたよっと。さてあそこの角を曲がるってぇと札束が・・・
 「ない!ないよオイ。女房の言った通りだよ。驚いたねどうも。こりゃやっぱり夢の世界と現実はご近所なんだね」
 「でも手ぶらじゃ帰れないよ。女房にひと稼ぎしてくるぜ。なんて見栄を切ってきたんだ。何とかしねえとな」
 てんで男辺りを見回すと、時計屋があります。そうだそうだと男時計屋の事を思い出します。なにせここは男の夢の中。男の知らない事などある道理がありません。そこで男一番高そうな時計をみつくろい、頭上の紐に結わえるってぇとクイクイッと引っ張る、現実世界の女房が待ってましたとばかりにスルスルスルと引き上げます。
 「あら厭だ。お金じゃないよ。時計だよ。やっぱりお金はなくなってたのかねぇ。チョイトあんた。あんたってば。起きて」
 またまた男を揺り起こします。
 「う~ん。おっ現実世界だな。どうだ女房時計はあるか?」
 「はいよ。お前さん。今度は時計が釣れたけど、やっぱしお金はなかったのかい?」
 「あぁ。お前の言った通りだ。どうやら夢の世界から現実に持ち帰った物は夢世界から消えるみたいだな」
 「じゃ、夢世界から現実に移動してるって事かい?」

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