小説

『常春の国』金子葵(『桃花源記』)

 寿老人が杖を上げると、満開の白木蓮の花弁が一箇所に吸い込まれ、白磁の器になった。芥子の朱赤、山吹の黄、水仙の葉の青緑・・・花々の色彩も流れるように吸い上げられて、白磁の豪華な絵付けに転じた。
 日差しが翳った気がしてツキコが空を見ると、西の空は夕暮れ、東の空は東雲の、太陽がふたつあるかのような不思議な空になっていた。西の山際はもう闇に落ちて紫がかり、東の山の端は、炎のように赤々としている。朝と夜の間にある中空は、すっきりとよく晴れて雲がただよっていた。
 毘沙門天が槍を振りかざして下ろすと、今度は西の夜空の藍色が吸い込まれるように集まり、美しい瑠璃の椀がいくつもでき上がった。
 どこから湧いたか、風のように稚児たちが現れ、食べ物も家具も手際よく整えて、見事な食卓の設えができあがった。

 神々が集合し酒盛りが始まった。宴は瞬く間にたけなわで、目白押しに並ぶ赤ら顔を見れば、神というよりも宴会の親父だ。ツキコは呆れて見ていたが、
「さあさあ主も聞こし召せ」
 神々にぐいと手を引かれ、言われるままに酒を飲む。いくら飲んでも、不思議と酩酊はしなかった。身の内に重く立ちこめていたものが、ただ晴れていく心地がした。
 寿老人が立ちあがり、静かに言った。
「禊を終えて、結びの時じゃ。ケヤキの下で、結んで参れ」
― 結ぶ?
 寿老人に促され、大樹の下へ行ってみると、稚児達が襷掛けで楽しそうにおむすびを作っている。
「さあ、どうぞ」
 笑顔の稚児に白米を差し出され、ツキコも襷をかけておむすびを握る。
「ねえ、どうしてこんなに、おむすびを作っているの?」
 怪訝そうに聞くツキコに、稚児達はさざめいて笑った。
「どうして?」
「どうしてだって。」
 転がるような笑い声を聞くうちに、体が下の方から熱くなってきた。ざわざわ、ざわざわと、なにかが這うように上がってくる感じがする。ツキコはおむすびを置いて、そのまま地面に手をついた。
 寿老人が言う。
「おむすび、とはどのような字を当てるか知っておるか。」
「え・・・字?・・」

1 2 3 4 5 6 7 8