小説

『オカシノオウコク』洗い熊Q(『ヘンゼルとグレーテル』)

 何度かゆっくり深呼吸をする。僅かに気を保たせると真理子は俯いたまま聞いた。
「……一体、令子の両親に……あの二人に何があったんですか?」
 その問いに女性は躊躇った。そして考え込み、視線を逸らしながらも重い口を開いた。
「……遺体が発見された時、二人の体重は二百キロを越えていました。発見場所にどう運ばれたのか、何処に居たのか、何も分からないそうです。ただ所持品から御二人ではないかというだけで」
「……亡くなった原因は何なんですか?」
「多臓器不全……簡単に言えば、肥り過ぎです。遺体の痕跡から、御二人が何処かに監禁されていたのは分かります。ただ不可解なのは、二人は食事を与えられていた……いや異様に食わされていた、大量に。遺体の胃も溢れ返っていました。市販の菓子一杯に」
 それを聞いて真理子は思わず顔を上げた。
 そして気が付いた。
 何故にその単語が思いついたか。
 それに結びついたのか。
 理由は分からない。でも不自然な言い回しが、それで筋が通るから。
 “お菓子の王国”ではない。
 令子は言い間違えたんだ。
 “お菓子の監獄”を――。
「まだ不倫相手の女性も行方不明のままですから、夫婦と同じように監禁されたままかも知れません……」
 真理子は暫くの間、体の震えが止まらずにいた。

 
 両親の遺体が見つかってから二ヶ月後。令子は施設を出て行く事になった。
 施設に迎えに来た中年の御夫婦。令子の父方の遠縁らしい。
 あのお兄ちゃんと呼ばれていた彼が探し出してくれていた。
 二ヶ月の間に御夫婦は足繁く施設に通い、令子との絆を深め、そして彼女を引き取る運びに。
「じゃあね、おねえちゃん!」
 真理子の事をそう呼んで、満面の笑顔の令子がとても印象的だった。
 夫婦と出逢って何時からか、令子はお菓子の家作りを止めていた。
 折を見て、真理子が引き取り手の夫婦に聞いてみたが。
 お菓子の家作りの事や、自分の両親の事を、ぽっかりと穴が空いたように令子は覚えていないと言う。

 その後、真理子は施設で令子の忘れ物を見つける。
 最後に作ったのであろうお菓子の家を。
 真理子はそれを粉々になるまで壊した、跡形もなく。

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