小説

『屋根裏の文吾』末永政和(『屋根裏の散歩者』)

 彼は同業者から、「屋根裏の文吾」と呼ばれていた。その名の通り、文吾は屋根裏に身を潜める。古い共同住宅であれば、点検口から忍び込むのは造作ない。小柄な体と辛抱強い性格は、この作業にうってつけであった。
 最近は独居老人が増えている。それなりに資産を持っていそうなのに、わざわざ古くさいアパートで暮らす者も案外多い。文吾は屋根裏に横たわってこうした老人たちの生活音に耳を澄ませ、飽いたところで留守をみはからって盗みを働くのであった。
 どうせ老い先短い老人たちの、使い道のない金なのだ。それほど良心も痛まない。手をつけるのも、タンスの金のせいぜい二割か三割程度だ。これなら盗まれた方もさして困りはしないだろうし、当分の間は気づかれずにすむ。

 どうせ悪事に手を染めるなら、もっと大それたことをしたいと思うこともあった。特に若い頃は精気がありあまり、銀行強盗を画策したこともあった。ボニーとクライドのように最高のパートナーを見つけて、逃亡生活をするのも悪くないと思っていた。どのみちまともな死に方はできないだろうから、せめて惚れた女と地の果てまで逃げて、派手な最期を遂げてみたかった。
 結局そんな生き方ができなかったのは、自身の意気地のなさに加え、彼にも守るべきものがあるからだった。特段の愛情もなく、流れで結婚した女だったが、子どもが生まれれば親としての自覚も湧いてくる。よちよち歩きの女の子は目に入れても痛くはなく、この子のためにまっとうな生き方をしなければと強く思った。
 しかし、親としての自覚が生まれたのは妻も同じことだった。この子を泥棒の娘にしたくはない。そう言って、妻は娘を連れて出ていった。性根を入れ替えて真面目に働くとすがってみても、侮蔑の眼差しは変えようがなかった。
 屋根裏にこもるようになったのはその頃からだ。盗みの相手を一人暮らしの老人と決めていたのは、そこに自分自身の将来の姿を重ね合わせていたからかもしれない。彼らの侘しい生活を覗き見たところで楽しいことなど何もなかったが、彼は何かに憑かれたように屋根裏生活をやめられなかった。

 
 一度屋根裏に忍び込んだら、少なくとも三日間はそこで過ごす。相手の生活パターンさえ知っていれば、睡眠もトイレも食事も、案外どうにでもなるものだ。夏の暑さも冬の寒さも、慣れてしまえばどうということはない。薄暗く湿った狭い場所にも、終わりの見えない孤独にも、人間はいつしか慣れてしまう。
 十一月の肌寒い日だった。文吾は屋根裏から這い出して部屋のなかを物色していた。身を潜めてから五日がたっていた。

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