小説

『対価』久保沙織(『人魚姫』)

 瞼は常に腫れぼったく一重で、おまけに睫毛の短い目元。鼻はぺちゃんこでまるで豚のようだと自分でも思う。歯並びは悪いし、唇もぼてっとしていて全く締まりがない。
 人生の全てが顔で決まるわけではないとしても、この顔が私の心を重くさせていることは確かだ。
 たったの一度も、この顔で他人より得をしたことなんて、何もない。強いて言うなら、今目の前に迫るああいう場面で、私は面倒に巻き込まれないで済むことくらいだろう。

 街灯の下に女が三人。男が二人。
 残業には縁もない、自信に満ちた女たちが大声でやだー。むりー。などと喋っている。

「嘘ばっかり」
 本当に嫌ならその場を立ち去ればいいだけで、心の内では男にチヤホヤされて嬉しいに決まっているのだ。
 目を合わせないように、そいつらの横を通り過ぎる。ハナっから私の存在など誰も目をくれなかった。
「まあわかってたけど」

『お前は自分のことが嫌いなんだろう?』
ん?隣には誰もいないはずなのに、私に向かって声が聞こえる。
『お前は自分を醜いと思っている』
 誰?
『変わりたいと思うならコッチへおいで』

 人影は見当たらないのに、確かに声が聞こえる。
 戸惑っていると、導かれるように勝手に足が動き出し、今まで通ったことのない路地へと差し掛かった。

「きゃっ!」
 全く知らない建物の小汚いドアの前で体が急に停止した。

『さあお入り』
 いやだ。こわい。

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