小説

『ハッピーエンド』浴衣なべ(『わらしべ長者』)

「相変わらず強かったねうちの学校」
 隣で一緒に見ていた山田さんは帰り支度をしながらそう言った。
「野球部、本当に強かったんだね」
「そうだよ。知らなかった?」
「うん、知らなかった」 
 私は、試合を見るまでうちの野球部が本当に強いとは思っていなかった。橋本さんの言葉を疑っていたわけではないが、どうしてもうちの野球部が強いとは信じられなかったのだ。
「じゃあ帰ろっか」
「山田さん先に行ってて。私はトイレに行ってくる」
 私たちは球場の入り口で待ち合わせることにして、一旦別れた。
 スタンドの中段くらいにあるポッカリと空いた穴から階段を下り、屋内に入ると予想以上にヒンヤリとしていた。太陽光が遮られ、コンクリートに空気が冷やされるだけでこんなに違うものなのか。
 私は用を足し終わるとトイレから出た。ハンカチで洗った手を拭き、鞄にしまおうとすると、鞄の底に入れておいたボールに指が触れた。今朝、家を出るとき鞄の中に忍ばせておいたものだ。朝、占いでラッキーアイテムだと言われたので持って来たが、意味があったのだろうか。
 私はボールを取りだすとまじまじと眺めた。
「あっ」
 指先に残っていた水分のせいで、私はボールを滑らせて落としてしまった。ボールは暗い廊下を奥の方へ転がっていく。
「待って」
 私は不思議なウサギを追いかける不思議の国のアリスのように、先の見えない廊下を突き進んだ。
 やがてボールは勢いをなくし停止した。しかし、止まった場所は「関係者以外立ち入り禁止」という看板が立てられた少し奥の方だった。ボールを拾うだけなら問題ないだろうと思い、看板を横切ろうとした。そのとき。
「ここから先は入っちゃダメだよ」
 看板の後ろから声が聞こえた。周囲に窓がなく、点滅している古い電灯があるだけなので薄暗い。人がいることに気が付かなかった。
「この先は選手の控室になってるから観客は入っちゃダメなんだ」
「すみません、ボールをとりたいだけなんです」

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