小説

『カッパのようなもの』中川マルカ(『河童』)

 布団に戻ると、それは大人しく元のまま転がっていた。
 僕は再び横に並んで寝そべると、布で口の周りを拭き、唇がきちんと潤っているのを確認してから「飲むか」と聞き、すでに半分になってしまったコップの中身を押し当てた。硝子のふちを咥えるようにしてごくごくと喉を鳴らしてみるみる飲み干し、飲んだ分だけ、また身体が膨らんでいった。確実に、身体が元の形に戻ろうとしているようだった。

 僕はいつか見た水中花を思い出した。水を摂り込むことで、緑色だった顔も、抜けるような白さに変わり、もはや元のかたちを取り戻そうとしている。落ちくぼんでいた目の下もなだらかな丘を描き、髪の色だけがそのままにあった。

「よし、それでは、水車のあるところに行こう」

 僕はもっと水を与えるべきだろうと考えた。僕が後ろを向き背中に乗せてやると、今度はずりおちることなく、か細いながらもきちんと背面に納まった。着物の下にあった紙風船のようなからだは、手ごたえがあるような、ないような、ぼんやりした存在感で僕を包む。落っことさないよう、そろそろと、勢いをつけすぎぬように、しかしできるだけ早足で僕は水車小屋に向かった。道行く子供たちが指を差して、笑っている。何を笑っているんだ。僕が水を与えて蘇らせたのだよ。見てごらん、ほら、こんなにもつややかだ。

 途中、さらさらした水音が聞こえてくると、背中のそれがうずきはじめた。水音は、水車小屋に続く旧い水路から聞こえてくる。見れば、亀がいて、魚もいる。澄んだ水底には玉子のような丸い石がびっしりと並んでいる。たいした深さのない水路だ。甲羅のように背負った相手をふくらませるという使命感に駆られていた僕は、小屋までの距離を待たずに、途中の水路に勢いそれを放り入れた。

 僕の背丈よりちいさかったそのカッパのようなものは、玉子の石にぶつかるや否や、水に浸かった部分からみるみる大きく膨らんで、仕舞には水路をふさいで周りに水をあふれさせた。しかし、あっという間に膨らみ過ぎると、やがて弾けて目の前から消えた。あっけにとられて見送る僕の目の前に、カラン、と一枚、金色の皿が降ってきた。眩しく皿を眺めていたら、僕はまた泥のような眠気を憶え、倒れ込み、そのまま地面に身体を伏せた。「どうか Kappa と発音して下さい」
目が覚めた僕の耳の中には、きいきいとした声がへばりついて離れない。

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