小説

『寿限無くん』室市雅則(『寿限無』)

 姓は田中。 
 名は寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポポコナーの長久命の長介。

 市営団地の一室。
 両親の田中祐治と美紀は微笑み笑っている赤子を前に相談をしていた。
 名前をどうするかである。
 すると祐治の顔がパッと明るくなり美紀に提案し、美紀は賛成をした。
 二人が盛り上がっていると、玄関が閉まる音がした。
 「お客さん?」
 美紀が赤子を抱きながら確認をしに行くが、誰もいない。
 「風じゃない。でも受理されなかったら」

 二人は落語が好きだった。
 名前といえば「寿限無」の噺であるから自然といえば自然ではあった。
 だが、単純に好きだからというわけではない。本心から「寿限無」に出てきた親のように子供のことを願いながら、同時にやってみようという洒落っ気がムズムズと疼いた。
 まさか受理されるまい。あちらも登録したりするのだって大変だよ。洒落だよ、洒落。と高を括って出生届を提出したら何の間違えか受理された。というのも運が良いのか、悪いのか役所の担当者も落語が好きで、洒落だよ、洒落。と作業を進めてみたところトントン拍子に進み、正式なものになった。
 こうして田中祐治と美紀の間に生まれた赤子は上記の名前になった。
 命名された方はたまったモンじゃないと傍からは思うのだけれど、生まれた当の本人はまだわけが分からない。
 家族は単純に「寿限無」と彼のことを呼び、保育園に行き出して、持ち物にも「たなかじゅげむ」と書いていた。
 だから、本人は周りと比べて少し変わった名前なのかなと思っているくらいで、「寿限無」の先にまさか続きがあるなんて想像すらしていなかった。

 小学六年生になった寿限無くん。
 ついに自分の名前が「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポポコナーの長久命の長介」と知った。

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