小説

『クリとネズミとタイガーと』柏原克行(『金の斧』)

「そうか。最後にワシから一つだけ言わせて貰おうかな。お前さんの判断がどうあれ誰も責めはせんし、ワシの様に気に病む必要はない。自分の気持ちに正直であればそれがきっと正しい選択なんじゃ。」
 きっと根津はその言葉を大我にではなく自分に言い聞かせたかったのであろう。如何な選択であろうとも誰かが必ず傷つくことになる。それはもう避けられない。世知辛い世の中だ。それだけに大我は自分の価値というものを信じたかった。信じてみたくなった。それ故の決断だった。

 数日後、根津は社長室にいた。
「社長、少し遅くなりましたが今回のリストラの件、結果が出ましたので報告に上がりました。」
「そうか、そうか。で、どうなったね?」
「今回、該当者は一人。」
「一人のみか。それで?」
「該当者は小野大我29歳、人事部三課所属。小野は今回の提案を前向きに受け入れ早期退職を望みました。」
「そうか、君達にはいつも済まないと思っているよ。不甲斐ない私の代わりに。」
「彼は言っていました。他の候補者達はきっと“今は”自分より価値のある存在であると。一方で自分は取るに足らない石ころの様な存在かもしれないと。彼は自分をより理解していました。だからこそ自分の価値を捻じ曲げる判断はしたくなかったのでしょう。自分を偽らずその価値を認め、まだ石ころなら石ころでその価値を磨く為に敢えてこの判断を自らに下したのでしょうな。」
「彼は金の原石だったかもしれんと?」
「“今は”まだメッキの輝きでしょうがね。」
「相分かった!この件、了解した。ご苦労!」
「あっ社長。彼は最期まで正直者でしたよ。まぁそれ故に営業マンとしては大成しなかったでしょうがね。」
「そうか。ならば彼に倍の額の退職金を与えてやってくれ。それがせめてもの餞別だ。」
 価値無き者に勝ちはない。そして険しき道も徒なくして価値は生まれないのである。大我の決断に何らかの価値を見出すとすればそんなとこだろうか…。

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