小説

『吾輩は21世紀の猫である』次元(『吾輩は猫である』)

 今度の子は卒業式を終えて、ひと月経とうと言うのに未だ盛んにラインを送ってくる。近況報告の類が多くなり一時期よりトーンダウンした嫌いはあるが、先生未だ一縷の希望を抱いておる。笑う勿れ。当人は純愛のつもりである。つまるところ、JKに魔法がかかったと同時に主人にも魔法がかかっておって、向こうの魔法が解けてもこちらはしぶとく残っている按配である。
 故に主人が彼女のラインの返答に心を痛めたのは無理からぬことである。「くそ、あのビッチ!腐女子だったのか!なめやがって!」教育者とは思えぬ発言である。「腐女子」の定義は様々あろうが、ここで主人が言っているのは主に二次元の男性に恋をして「旦那」等と言い出す輩のことであろう。男女逆転すると「二次嫁」となる。こちらの方が起源は古い。もっとはるかに起源の古い平安貴族などはまだ見ぬ人にすら恋ふるものであるから、一概に間違った恋愛様式と断ずることはできぬかも知れん。二次元人には肉体が無いのだから、必然精神至上主義となり、更に起源の古い希臘のプラトン主義に繋がる純粋性を持ち合わせていると言えるかも知れん。
 吾輩の目からは既に負け戦に決している趨勢ではあるが、主人は体勢を立て直して搦手から軽い反撃を試みる。「普通『清楚』ってのは女性に使う言葉だよ」対してまたもや返答が早い。「そういう所で国語教師出してくるー」に加えて「そんなのしるか」というあからさまに軽蔑した風なスタンプである。これはもう誰が見ても敗色濃厚であるから吾輩がしきりに尾を振って総軍退却の合図を出しておるにも関わらず、将器の無い主人は玉砕覚悟の正面突破を試みる。
「さきちゃんわしのこと好き好き言ってたのにきっついのう~」
「は?そんなの車校辞令に決まってますよね笑笑」
 社交辞令の誤字はこの子も最近自動車免許を取得したからであろう。然し乍ら既に刀折れ矢尽き敗軍の将と成り果てた主人はそんな瑣末なことに気づく由もなく、年甲斐もなく涙を浮かべている。ましてや両の腕を激しく床に叩きつけるなど普段温厚な主人には似ない狂態を演じるに至って吾輩は押し入れに退却した。
 ともかくも主人が未成年と交際して条例に抵触するがごとき気遣いは尽未来際ありえぬであろうことは、世の公序良俗のためにも幸甚である。

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