小説

『川せみになる』菊武加庫(『よだかの星』)

―― 同じ高校に行こうね。お父さんたち離婚したら、引っ越すかもしれないけど高校で会えたら嬉しい。
 飾られたのは、おそらく一番可愛く撮れた写真だ。この隣には私がいたはずだ。修学旅行の一枚だ。ずっと一緒にいた。金閣寺、薬師寺、法隆寺、ちょっと強行軍だったが、比叡山にも足を延ばした。お寺よりも、庭よりもどこへ行ってもお坊さんの話と、就寝前のおしゃべりが楽しかった。そんな何も分からない私たちだったのになぜ今こんなことになっているのだろう。
  おばさんが棺の小さな窓を開いてくれたけど、私はまた眼をそらした。写真で笑っている幸奈が幸奈だ。もし私が同じことになっても誰にも見られたくない。寝顔だって見られるのが嫌なんだ、中学生は。死んだからと言って、何も言わないからって、勝手に見せないでと怒ってるにちがいない。
 しばらくは様々な憶測が流れて、好奇心で原因をさぐる人もいたが、あれは事故だと思いたい人が多く、そのまま十年が過ぎた。幸奈の親だって負い目があるから騒ぎ立てることはせず、おじさんは女の人と出て行き、おばさんと弟もどこかに引っ越した。

「あれって事故だったんだよね」
 降りるまで顔を合わせないつもりでいたが何かがみぞおちの奥で膨れ上がり耐えられなくなった。今しかない。今何か言わなければまた同じだ。まだ頭の中が準備できていないうちに言葉が落ち始めた。
「自殺だよ。決まってる」
幸恵が瞬きをやめて、こっちを見ている。いつも下がり気味に見えた目尻は本当の位置に戻るかのように吊り上がっている。でももう怖くない。なぜこんな女があれほど恐ろしかったのだろう。
「あの日、机の上に写真を置いて出たらしい。一番好きな写真を遺影にしてほしかったんだと思う。あのころの私たち、そんなことが大事だったよね。勝手に選ばないでって譲れなかったのよ」
「そんなの証拠にもなんにもならないじゃん」
良く見ると白く見えていた肌には影がある。目の下にも疲れが隠せず、無邪気なアイドルとはほど遠い、屈折したものが肌の下に蓄積されて消えない。人を傷つける言葉は幸恵自身も刺し続け、光を奪ってきたのだ。
「本気で言ってる?あんなに毎日ひどい目にあっていたこと、幸恵が一番知ってるよね」
「私が悪かったの?私のせい?」
言葉は落ち始めると自分のものではなくなるようで、怖くなくなっていた。もう私は遠い違う場所で生きている。あなたの悪意は届かない。幸奈にも。

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