小説

『川せみになる』菊武加庫(『よだかの星』)

「ねえ、茜(あかね)結婚したんだよね。ほら、地元の子って意外と情報早くて教えてくれるのよ。どこで知り合ったの」
 負けず嫌いで常に情報源を確保しているくせに。田舎で退屈している同級生から抜け目なく情報を聞き出しているのだろう。なぜ今私が1人で里帰りしているのか、興味津々なのが伝わってくる。
「大学のサークルの先輩でね、今日は出張でいないから」
最小限の情報だけを与える。
「ふうん。茜、R大だったよね。頭良かったもんね。私?U女子大。英語の勉強したかったから。今結構活かせてるよ。結婚して仕事辞めたの?信じられない!もったいない。うちの会社じゃ結婚して辞める人なんていないよ」
 もうその時点で頭痛がしそうになっていた。正直私は彼女のまわりのかっこいい人生には1ミリの関心もなかった。ほどほどの頑張りで入れる女子大から、思いもかけぬ大手企業に入ったのがこの人らしい。
「新婚さんだよね。愛妻弁当とか作ったりするの」
「毎日じゃないけど」
「うちの会社じゃいないのよね、お弁当持って来る人。既婚者いるけどお弁当は恥ずかしいって言うの、みんな。」
 明夫の顔が浮かんだ。毎朝「ありがとう」と抱えたお弁当を、必ず夜「おいしかったよ」と鞄から取り出す、その姿が浮かんだ。

 幸恵はずっと昔からこうだった。見かけではわからない。一番の美人ではないが笑窪が愛らしく、笑うと目が絶妙に細くなって下がる。何より透き通るほど白い肌が人目を引いた。その年齢の女子は部活で真っ黒とか、にきびで悩まされているとか、親が厳しく、罰のような散切り頭を強いられているとか、顔立ち以外に問題山積みなのだ。だが、その群れの中で幸恵だけは違った。透明な肌をゆるく巻いた髪が縁取る幸恵の姿はひときわ異質だった。セーラー服には何故か皺一つなく、成績が中の上というのも人気の一因だった。
 他に美少女と呼べる子はいたが、男子の一番人気は幸恵だった。教師のお気に入りでもあった。先生たちは必死で勉強して百点取る子より、汗まみれで記録更新に人生賭けている子より、生徒会で弁舌爽やかに前に立つ子より、そして美しすぎる子より、幸恵が好きだった。バスケ部の補欠で、クラスでは書記が似合っている少女。笑窪を見せて大人にじゃれるように笑う少女を教師たちは好んだ。彼女が同性の中では権力を持ち続け、警戒もされていたことを、教師や男子は気が付かないまま、笑顔の愛らしいアイドルとして三年間大切にした。癒し系などと背筋が寒くなる言葉で形容した。

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