小説

『こびとカウント』木江恭(『白雪姫』)

 初めてカードで分割払いを選びましたけど何か。
「なになに、色気づいちゃって。やっぱ春ってそういう季節だよねえ」
 ユキコ先輩とわたしの間の席で、背もたれに顎を乗っけてコアラみたいにだらしなく座っていたタカハシ先輩がにやにやと笑う。タカハシ先輩の席はここではないし、部署だって違うし、というかそもそもフロアさえ違う。それなのに何故始業前にここにいるかといえば、仲良しのユキコ先輩とお喋りするため、それだけだ。ユキコ先輩は呆れたような流し目をタカハシ先輩に向ける。
「タカハシきもい」
「きもいとは何っすか。でもさあみっちゃん、何で黒なの」
 タカハシ先輩の目線が足元に降りて、わたしはさりげなく一歩下がる。
「え、何がですか」
「脚だよ脚。春といえば肌色でしょ!冬の厳重装備が一枚ずつはらりはらりとほどけていって、女の子が身軽な薄着に変わっていくのが、男の春の楽しみなんだから」
「あはは、何言ってるかよくわかんないですよお」
 唇がひきつりそうだ。
 タカハシ先輩は確か三十一か二になるはずだが、自分はまだ若者枠に入っているから何を言ってもセクハラにならないと勘違いしている節がある。なまじ顔が良いだけに勘違いにも拍車がかかるわけなのだけど、いやいや普通に気持ち悪いです。言わないけど。
「ユキコ先輩もさ、俺的には、ああいうのすっげーイイと思うんですけど」
「馬鹿、あれは若いから可愛いの、おばさんには無理」
「えーそんなことないですよお、先輩の方が似合いますって」
 パソコンの電源を入れながらさりげなく口を挟む。若くなければ可愛くないって言外に言われたけれども気になんてしていませんとも。
「おおい、ユキコちょっと」
 すらりと並んだデスクの島の一番端で部長が声を張る。
「はい、ただいま。……どうせまたカラー印刷でしょ」
 後半は声を潜めながら、ユキコ先輩は笑顔で立ち上がる。
「タカハシ、お前もう自分の部署帰れば。みっちゃん、この書類お願い、数字チェックしてから課長に出しておいて」

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