小説

『先っちょには触れないで』木村菜っ葉(『眠れる森の美女』)

 王妃である母親と糸車を使っていた使用人、そして呪いをかけた魔女、女全員に協力してもらって。

 王妃は子供に恵まれなかった。やっと授かった子供は女の子。そこで王妃は考えた。
 生まれた女の子に対し、魔女メイク&魔女コスをした女に15歳になると百年の眠りにつくという呪いをかけさせる。偽魔女がかけた呪いには糸車の針は触ってはいけないという前振りが含まれ、うっかり、ついうっかりという事にして使用人が糸車の針の先っちょを触らせる。前振りに乗っかりしっかりと針の先っちょを触って傷を負った姫は派手なリアクションで倒れ、そのまま眠ったふり。
 すぐにお城を茨で囲み外の世界を遮断。お城の中では普通に生活する姫。そんな生活を続けて王子が来るのを待ち続け、より力のある国の王子が来た時に茨で囲まれたお城を開放。姫との劇的な出会いを演出。
 そして王子の前に、使用人によって美しいドレスを身にまとい男には分からない程度にがっつりナチュラルメイクまでされた美女風な眠り姫登場。
 眠っていればバレやしない。どんな女かなんて。
 何をしても目覚めないと王子の目の前で嘆いて見せ安心させてなんとかキスまで持ち込む。その瞬間姫が目覚める。運命だと国中大騒ぎ。退路を断たれた王子は結婚を余儀なくされる。

 起きられないんじゃなくて起きられないふりをしているその美女風眠り姫は元カノ? あたし? 魔女は、使用人は、王妃は。

 寝返りを打って目を開けた。
 王子のキスは無し。

 視界に飛び込んで来るグレーの天井。朝が近い。天井を見つめ続けても、グレーが白に変わっていくのを待っても電車は見えてこない。
 縁側でマルを撫でたい。昨日のライブに出演していた「縁側で猫が泣く」というバンド。あれ人気なのか? 
 夢は実家の春の雪。春なのに大雪が降る年がある。急に気温が下がり冬に戻ってしまったと嘆く。ぼたぼたと重い雪が積もり、次の日雪かきをしていると、昨日とは打って変わって朝から温かな日差しが降り注ぐ。外の雪を撫でて吹く風は冷たいけれど、風の入らない縁側は温かいんだよな。温かい。
暑い。

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