小説

『先っちょには触れないで』木村菜っ葉(『眠れる森の美女』)

「ずっと好きだった」
 相変わらずキレイだなぁ。思わず斉藤和義が頭の中で歌う。知ってる。好きだったことも。あたしがキレイじゃないってことも。知ってて家に入れた。あたしの中には入れるつもりはなかったけど。
 君はかっこいいんだよ。もてるじゃん。かっこいいから先っちょだけとかダメなんだって。だからギャップ萌えならぬギャップ萎えという事態に。違う。こうなった本当の原因はその前のあたしが反則技仕掛けたせい。

 雨に濡れるパンタグラフ見ながら電話した。泣きながらかけてくる昔から好きだった女の声。会いたくなった?
ライブ後気持ちが高ぶってたとはいえ、最低だよね。
 あれ?なんかこれバックナンバーっぽい? ぽい。でも現実は数倍陳腐。隣におむすび食べてる裸の大将みたいな男の子と大きさだけ裸の大将みたいなお母さんいたし。男の子のタンクトップは蛍光イエローで今っぽかったけど。あたしもおむすび持ってたしね。それは嘘。嘘はいけない。
 君は来てくれた。家に。馬鹿だなぁ。家はお互い知ってる。同じマンションだから。
 2年前、君とはバイト先で知り合って仲良くなった。帰りの方向が同じで着いてみるとお互い同じマンションだった。最初は君に可愛い彼女がいた。彼女は知り合いだった。楽しかった。彼女がいてもいなくてもお互いの家を自由に行き来して。手を出したのはそっち。眠くなると一緒に寝たがるから、寝てあげただけなのに。何とかそれだけは拒否していたけど
「中に入れていい?」
 いいよ。即答。ほんとはずっと好きだった。君の事。彼女かわいいけど、純粋で一生懸命で、馬鹿だった。あたしと付き合えばいい。そう思ってた。でも違う。体がこれが最初で最後だっていうの。あたしの中はどんどん冷えていった。汗ばんでいるのに冷たい。あたしの吐く息で君の髪が白く凍った。本当は固まるタイプのヘアワックスが取れかけて白くなってるだけだけど。
 でもその時は凍ったの。これは嘘じゃない。
 だからギャップ萎えとかじゃない。あたしの中で「先っちょだけ」から2年前の「中に入れたい」がつながっただけ。

「かえる」
 君が言う。梅雨だけに。
 君の玄関へ向かう背中がひどく傷ついていて、最初から、生理だからって言ってあげればよかったのかな。と的外れな事をあえて思ってみる。

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