小説

『白雪姫的恋の見つけ方』小高さりな(『白雪姫』)

 キスもセックスもしたことのない自分が不完全だという劣等感にさいなまれていた。里香はずっと王子様を待っている。白雪姫のようにキスだけで、目が覚める運命の王子様を。

24 years old.
「女ってさ、恋愛が人生のすべてって感じがするよね」
 会社の飲み会で、課長が言った。里香はあいまいに笑ってごまかした。課長が話しているのは里香のことではない。飲み会を急きょ欠席した女性のことを揶揄しているのだ。彼女は会社の付き合いよりも、恋人を優先させたし、恋愛の落ち込みを仕事に持ち込むタイプだった。
 その態度は男、女という前に社会人としてどうかとは思っていたけれど、課長の言い方に完全に同意はできなかった。
 おとぎ話の中で、プリンセスたちは恋を夢見て、王子様との恋を叶えて、ハッピーエンドだと子供の頃から繰り返し聞かされているのに、大人になったら、仕事や他の人生のやりがいを持たなければいけない。
 里香は派遣社員、契約社員と呼ばれる立場で、正社員ではなかった。東京での大学生活を送り、そのまま東京で職を見つけるつもりだった。就職活動に失敗し、地方都市にある地元に戻ってきた。田舎ではないけれど、大都市でもない。
 地元では優良企業で派遣社員をする里香にも少なからず下心があった。玉の輿、恋人や結婚相手のステイタスで自分の人生を一発逆転できるとどことなく考えていて、王子様を待っている白雪姫と同じだった。
「飯田さんもいるの?」
 酔って顔を赤くした課長が小指を立てるポーズをする。里香は動きも思考も止める。今まで恋人がいたことがない、けれど、課長にそんなことを言いたくないし、いるとうそぶけば、根掘り葉掘り聞いてくるだろう。一番いいのは、今はいなくて、とか、軽く受け流すことだろうが、顔の筋肉が急にぎこちない。
「そんなこと言って、キャバ嬢の萌花ちゃんに恋してるじゃないですか」
 営業の久保さんがタイムングよくビール瓶を持って、里香と課長の間にさっと入った。課長は「おいおい、無礼講だからってなぁ、言っていいことと悪いことがなあ」と言いつつ、上機嫌で顔をにやけさせた。
 久保さんを意識するようになったのは、この時からだった。
 ふたりでご飯を食べに行こう、と軽い調子で久保さんから誘われた時、うれしさを感じた。
 居酒屋のざわめきの中で久保さんがよく頼むというおでんを口に運んだ。久保さんはウーロン茶を頼んだ。
「今日は車だから飲めないけど、里香ちゃんは遠慮しないで飲みなよ」
 里香はぽつりぽつりと話し始めた。就職活動に失敗したこと、このままでいいのか、恋人がいたことがないのがコンプレックスだということ。

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