小説

『水曜日の午後にシロツメクサが降る町』イワタツヨシ(『浦島太郎』)

 海は嫌いだ。見ていると、以前の町のことやケイやリビーのことを思い出してしまうからだ。思い出すと、いつも複雑な気持ちになる。あの日々のことが昨日のことのように思えるときもあるし、自分とは関係のない誰かの思い出のように思えるときもある。実際は、あれからだいぶ年をとったということだ。それに、私はときどきその夢を見て魘された。どれだけ歩いたところで顔を上げて辺りを見回して確かめても風景が変わらない氷海の上を一人でひたすら歩き続ける十六歳の少年の夢だった。
私の妻はこの町で生まれ育った。彼女たちの話では、この地球の地上にはかつて七十二億以上の人が暮らしていたそうだ。四百年前の話だ。しかし三百年前、地球を取り巻く自然環境が一変したのを境にその数は減少の一途を辿った。長らく、至るところで戦争も続いていた。今でこそ平穏になったが、この自然環境の変化は、まだ始まりに過ぎない。現在の地球上の人口はおよそ五千万人と言われている。もっともあの町のように、今でもどこかに隠れるようにして暮らしている人たちがほかにもいるかもしれず、正確な数字とは言えないが。
 この町は地上にあるが、以前の町と似たようなところも多くあった。たとえばこの町は、ドーム型の透明の壁で囲われていた。それは、地球全体を常に覆っている寒気から町を守る役割があった。
 人工の太陽はなかったが、雲から漏れてくる太陽の僅かな光を拾って拡散するパネルがドームに設置してあり、町は明るく、暖かかった。そして以前の町にはなかった氷電発電という技術をもっていた。
 何より、大きな違いを感じるのは空だ。地上の空は広く、開放的だった。見上げると、いつもそこには灰色に近い白い空があった。

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