小説

『逢魔が時』檀上翔(『遠野物語』)

 老婆の醜さに足が竦みつつも、少女から書き換えてもらった手紙を震えながら差し出す。老婆は奪い取るように受け取ると、封筒を破り開けた。私を猜疑心のこもった目で一瞥すると、便箋を開き読み始める。老婆の表情は凍りついたまますこしも変わらない。私は息も出来ず、視線は手紙を読む老婆から離れられない。魔女に心臓を握られたように生きた心地がしない。頭上から烏の声が喧しく聞こえてくる。
 老婆の喉の奥から唸り声が漏れた。鶏が首を切られるときの断末魔に似ていた。
「おお、お若いひと。ありがとうごぜいます。これでわしは救われます。」
 足をふらつかせながら、深深と頭を下げた。私は固まったまま返事をすることが出来ない。
「こ、この恩返しといってはなんですが、貴方様の望みを叶えてあげましょう。いまから行こうと思っているところに行ってくださいませ。貴方様の望みが叶っておりましょうぞ。」
 老婆は痰の絡まった、呻くような声を残して境内の奥へ歩いていった。ゆっくり瞬きをして、老婆が歩いていったほうを見るともう姿がなかった。

 池の底から沸きあがる気泡を眺めて、老婆の言葉を反芻する。私の望むもの。それはなんだろうか。妻と赤子の無事なのだろうか、それとも。
 なにも考えないようにして私は妻と子がいる病院へ急いだ。

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